「樺太夢幻」008

豊原(ユジノサハリンスク)から大谷(ソコル)を過ぎて北へ行くと落合(ドリンスク)という町に出る。そして落合から左へ、つまり西のほうへ進むと内淵(ブイコフ)という炭鉱がある。ここは樺太時代には帝国燃料興業が開発した炭鉱だった。帝国燃料興業は樺太人造石油を合併し、樺太内淵に工場を建設し内淵石炭を用いて直接液化を行なった。

人造石油:石油原油以外の原料からつくられた石油の類似物。石炭の低温乾留、石炭と水素の高温・高圧反応などの製法がある。石油資源不足の際に製造された合成石油をいう。

 

「樺太夢幻」007

豊原(ユジノサハリンスク)と真岡(ホルムスク)を結ぶ道路沿いにある真岡郡清水村瑞穂 (ホルムスク市管区(ロシア語)パジャルスコエ(ロシア語)の神社跡にあった。またこの瑞穂で虐殺事件が起こったことでも知られている。

事件は日本の敗戦時、すなわち1945年8月11日、ソ連軍は日ソ中立条約を一方的に破棄し、南樺太への侵攻を開始した(樺太の戦い)。敷香町北部では国境を越えてきたソ連軍と日本軍(大日本帝国軍のこと。以降も同様)との戦闘が、日本(大日本帝国のこと。以降も同様)のポツダム宣言受諾後の8月15日以降も続いていた。ロシアに残る資料によると、日本人たちは、呼び出した一人の朝鮮人をまず惨殺し、さらに朝鮮人を皆殺しにする計画を立て、翌日、三人を殺害し、ますます凶暴になって、朝鮮人が住む住居を襲った。日本人の細川博が後のソ連軍の裁判で行った証言記録によると、逃げて出てきた朝鮮人をサーベルでたたき切り、仲間とともに女子供も同じように殺した。こうして朝鮮人27人が虐殺された。

以下の写真説明(上)虐殺事件のKGB調書コピー
(下)犯人の一人細川博の調書へのサイン