現代時評【説明責任という無責任政治】井上脩身

自民党は4月4日、派閥の政治資金パーティー裏金問題に関し、安倍、二階両派の議員ら39人を処分した。焦点の安倍派5人衆については、世耕弘成前参院幹事長を離党勧告にしたが、他の4人には党員資格停止か党の役職停止1年を科すにとどまった。岸田文雄首相は疑惑をもたれた議員に説明責任を果たすよう求めていたが、彼らは衆・参院の政治倫理審査会で押しなべて「関与していない」と木で鼻をくくるような答弁に終始した。NHKの世論調査では84%が「説明責任を果たしていない」とみているように、5人衆は首相の「説明責任」指示を歯牙にもかけなかったのだ。にもかかわらず、岸田首相は処分を行ったことで幕引きをしたつもりでいるようだ。首相のいう「説明責任」とは、何ら実質のともなわない空虚な「無責任説明」だったのである。

裏金問題については、「20年前からつづいてきたキックバック(還流)を安倍派では誰がいつどのような経緯で始めることになったのか」と「安倍派会長の安倍氏が2022年4月にキックバックをやめようと言ったのに、そのままつづけたのはなぜか」の2点が核心だ。
岸田首相は2月29日、衆院の政治倫理審査会に出席し「(裏金問題に)関係する議員が説明責任を果たすことが重要。党として促していく」と述べた。岸田首相の発言を受けて、安倍派5人衆が政倫審でどのように述べるかが注目された。
5人衆は松野博一前官房長官、西村康稔前経済産業相、萩生田光一前政調会長、高木毅前国対委員長、世耕前参院幹事長。
政倫審で、「経理、会計業務には一切関与していない」(松野氏)▽「会計については一切関わっていない」(西村氏)▽「経理、会計業務は事務総長の所掌ではない
(高木氏)▽「キックバックの取り扱いには関与していない」(世耕氏)などと語り、いわば「知らぬ存ぜぬ」発言であった。萩生田氏は政倫審に出席しなかった。
処分は冒頭に述べた世耕氏のほか、西村氏と高木氏が党員資格停止、松野氏と萩生田氏が党の役職停止1年。この処分について曽根泰教・慶応大名誉教諭が「国民の感覚と乖離している」(4月5日毎日新聞)と批判しているように、説明責任をあいまいにしたままの処分であった。

説明責任とはどういう責任をいうのであろうか。
ウィキペディアには「政府・政治家・官僚など社会的に影響力を及ぼす組織で権限を行使する者が、国民に活動や権限行使の予定・内容・結果の報告をする必要があるとする考えをいう」とあり、説明責任はパブリック・リレーションズ(PR)の一要件と補足している。PRは双方向コミュニケーションをベースとしていることから、研究者の間では「説明責任という要件が欠落するとPRは本来の機能を果たさない」とされている。
以上のいささか難解な記述をもとに、5人衆の説明責任について考えてみたい。彼らは「社会的に影響力を及ぼす組織で権限を行使する者
なのだから、「国民にその活動や権限行使の予定・内容・結果の報告」をする義務を負う。この説明は国民との間に「双方向コミュニケーション」が成り立たねばならない。逆にいえば双方向コミュニケーションが成り立つ説明でなければ、説明責任とはいえない。
ところで、国会議員とテレビの前の国民との間に双方向コミュニケーションは存在しない。国民はテレビ(またはラジオや新聞)を通して一方的に彼らの言い分を聞くしかない。「政倫審での「関与していない」との発言を聞かされるだけの国民は何ら疑問点を問いただすこともできず、欲求不満が募るだけ。国民がテレビに映る政治家に求めているのは、「政治資金規正法に違反し、さらに得た裏金について税金逃れをしたのでは」との疑惑に答えてくれることなのだ。言い換えるならば、政治家の「説明責任」とは「疑問・疑惑に答えることにほかならない。
キックバックがスタートしたのは20年前といわれる。安倍氏がその取りやめを指示したのは、わずか2年前のことだ。安倍派幹部である5人衆が仮にいきさつを知らなかった(全く知らなかったとは考えにくいが)としても、調べれば容易に全容がわかったであろう。彼らは疑問や疑惑に答える気はまったくなかったのである。

政治家として、活動や主義・主張に関する疑問・疑惑に答えることは最も重要な政治行動であろう。辞書に「政治責任とは政治家がみずからの政治行動の結果に対して問われる責任」とある。疑問・疑惑に答えないということは、説明責任を果たさないことにとどまらず、政治責任を果たさないことを意味する。そのような政治家は無責任政治家であり、政治家失格と断をくだすほかない。
岸田首相は政倫審だけでなく、記者会見などさまざまな場で説明責任を口にする。だが、その実質が国民の疑惑・疑問に答えることであると理解しているかとなるとまことに疑わしい。理解しているなら、首相が率先して疑惑解明に努めるはずだからである。
岸田首相は3月13日、英国、イタリアと共同開発する次期戦闘機を第三国に輸出することを閣議決定した。これは「武器輸出三原則」の枠組みを超えており、憲法違反ではないかとの声に首相は答えていない。2022年12月、国家安全保障戦略のなかに敵基地反撃能力の保有を織り込むことを閣議決定した際も、首相は憲法に違反するのではとの疑問に正面から答えなかった。岸田首相こそ疑問・疑惑に答えようとしない政治家なのだ。党総裁からしてこの有り様なのだから、5人衆に「説明責任」を望むべくもなかったのである。