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現代時評《流言飛語を信じるな!》片山通夫

 関東大震災の混乱の中で、官憲や民間の自警団などにより多数の朝鮮系日本人および朝鮮人と誤認された人々が殺害された事件があった。その時殺害された人々の数には数百名~約6000名と、非常に幅広い差がある。今もって確定できていない。

 そして2019年の今年、沖縄・那覇の首里城が炎上した。この稿を書いている11月4日午前現在、まだ原因は特定されていないようである。ただ、「正殿内に外部から侵入した形跡はなく、県警は放火の可能性は低い」と県警はみている。

 ところがインターネット上には、火災発生当初から「中国・韓国人による放火」「プロ市民の仕業」などというデマ情報があふれだした。そしてこのデマは拡散されてお祭り状態になっているという。また、韓国出張中の玉城デニー知事に関し「韓国に避難している。(知事が)指示したかも」という中傷も一時流れた。動画投稿サイトには「犯人は僕です」との投稿があり、炎上したが現在は削除された。

 いったいこの現象はなんなのだろう。筆者が思うところを書く。

朝鮮人の犠牲者数は、在日本関東地方罹災朝鮮同胞慰問班が官憲の協力を得られないまま調査を進めた結果であり、あまり信頼出来そうもないようだ。とまれ、実際に虐殺は起こった。以下ペディアから引用する。

 震災発生直後の9月1日午後3時以降、東京や横浜などで「社会主義者及び鮮人の放火多し」「不逞鮮人暴動」といったデマが発生していったが、デマの中には警察や軍が流したものもあった。これらの報道や伝聞による噂に接し不安を煽られた各地の民衆や有志によって自警団が結成されたが、中には地域の管轄警察の主導・指導で組織された自警団もあった。これら自警団の一部によって朝鮮人・日本人・中国人らが虐殺されていった。陸軍や警察はこの混乱を奇貨として社会主義者や労働運動家らの抹殺を画策し、10名が軍隊に虐殺された亀戸事件および無政府主義者が憲兵大尉らに殺害された甘粕事件が実行されたが、こうした「白色テロ」に対する責任追及や批判は低調だった。当時の社会にとっては治安維持と被災者救援活動の一環であり、軍や政府や警察が威信を取り戻したとして歓迎される状況になっていた。

 澤明の自伝『蝦蟇の油―自伝のようなもの』の中では、当時中学2年生だった黒澤の関東大震災時の体験が語られている。その中に黒澤の父親が長い髭を生やしているという理由で朝鮮人に間違われ暴徒に囲まれた話や、黒澤が井戸に書いたラクガキを町の人々が「朝鮮人が井戸に毒を入れたという目印」だと誤解し騒ぎになるというエピソードがある。

 一部では官憲の主導で自警団が結成されというから、おぞましい。

  ここに見るように「官憲の指導のもと」とまではともかく、今は「匿名で無責任にデマを飛ばせる」状況である。首里城の火災、台風19号などの自然災害などが起こった時に無責任なデマを飛ばす神経が分からない。一般に日本人は秩序正しくて優しく

思いやりがある民族だと定評がある。阪神淡路大震災時や、東日本大震災時の混乱時にも、略奪などの暴動は起こらなかった。外国人から見れば驚くほどの我慢強さと秩序正しさだといわれている。

 それが関東大震災時から、この首里城火災に至るまでの長い年月、日本人は自然災害にも耐えてここまで来た。それをあざ笑うようなデマでぶち壊しに「なろうとする危険がある。無責任だし、醜い。私たちは他人を貶めてほくそ笑むそんな人間ではなかったはずだ。 

 デマの拡散には気を付けなくてはならない。

現代時評《神戸の小学校の教師いじめ問題》井上脩身

 神戸市の小学校で4人の教師が若手男性教師をいじめていたことが、バラエティー番組の格好の衝撃ネタになっている。「教育者としての資格がない」との声が高まり、市は有給休暇中の4人を無給にする方針という。テレビで放映されるいじめ動画を見ると、確かに目を覆いたくなるほどに悪質だ。いじめは昨年春ごろから行われていたという。1年間も表沙汰にならずにいじめ行為が継続していたのだ。教育現場の閉鎖性が叫ばれて久しい。学校への管理統制が進むなか、いま我が国の教育界は危機に瀕している。

 問題になったのは神戸市須磨区の市立須磨東小。20代の男性教師が「(先輩教師から)嫌がらせを受けた」として今月11日、兵庫県警に被害届を提出。この教師は体調を崩して9月上旬から休職している。県警は暴行容疑で捜査する方針という。

 報道によると、若手教師をいじめていたとされるのは、40代の女性教師と30代の男性3人。昨年の夏休みに乳首を掃除機で吸われたのをはじめ、羽交い絞めにされ、激辛カレーを口に入れられた(2018年9月4日)▽ビール瓶を口に突っ込まれて飲まされ、ビール瓶で頭をたたかれた(18年、運動会後の飲み会)▽ドレッシング、焼き肉のたれ、キムチ鍋のもとなどを大量に飲まされた(18年末の飲み会後)▽車に大量の灰皿の水をまき散らされた(19年5月)▽「(被害教師の)学級、めちゃくちゃにしたれ」と言われた(19年春)▽携帯電話を隠された(19年6月)――などはいじめ時期がはっきりしているケース。

 平手打ちにされたり、蹴られたりする(毎日のように)▽かばんに氷を入れ、びしょびしょにされた(18年から数十回)▽児童に配布するプリントに水を垂らされた(18年から何度も)▽「性病」「くず」「くそ」「うんこ」「ごみ」などと呼ばれる(毎日)▽首を絞められて呼吸困難になった(複数回)――などもあり、いじめは手を変え品を変えて毎日のように行われていた。

 若手教師の代理人弁護士によると、いじめは昨年春に始まり、毎日のように手打ちする▽熱湯の入ったやかんを顔につける▽ジーンズをビリビリに破る――などの被害に遭った。「お前の父親はろくでもない」といった暴言をはかれ、「教室が汚れるから来るな」と授業見学を断られたこともあり、いじめ行為は約50種類にのぼっている。(10月12日付毎日新聞)

 平手打ちや熱湯やかんを顔につける行為などは、戦時中、下士官や上等兵が二等兵にビンタを食らわせる場面を想起させるが、今回の4人の教師の行為は、もっと陰湿で執拗だ。だれが見ても常軌を逸している。それにもかかわらず表面化しなかった。運動会後の飲み会や年末の飲み会後のいじめ行為については、他の教師も目撃していたはずだ。酒の席をいいことに4教師に同調したか、少なくとも見て見ぬふりをしていたのだろう。だれ一人止めようとしなかったのだろうか。

 残念ながらこの世の中には、弱い者をいじめることによって自らの精神の平衡を保つ心の貧しい人がいる。いじめのターゲットにされたくないため、いじめに加担する者がいることも現実だ。こうして、いじめ加害者―いじめ加担者―いじめ被害者という形でいじめは常態化しえいく。私はこれを「構造いじめ」と呼んでいる。今回のケースは構造いじめの典型であろう。

 こうした構造いじめがあると、その組織は淀んで血が詰まったような状態になり、陰鬱な空気に包まれる。これを防ぐには、組織に窓を開けて風通しをよくする以外にない。

 学校はかつて地域の文化センターであった。地元の人たちが運動会や学芸会だけでなく、なにかにつけて訪ねてきた。今は校門がぴしゃりと閉ざされ、卒業生ですら一歩も入り込めない。「児童、生徒を守る」を錦の御旗に、学校は地域社会との間に壁をつくり、一種の閉鎖社会となっているのだ。それを教育行政が推し進めてきた。教育委員会―校長―教頭―教員という縦のラインを構築することで、管理統制がしやすくなるからだ。

 今回のいじめが「神戸方式」に原因がある、との声がある。人事について校長に大きな発言力があることを指しているようだ。これを機に、市教委は学校管理をいっそ強めようとするだろう。だがそれはいじめ問題の解決策にはほど遠い。

 窓を開けよ、と私は言った。それは教師が自主的に行うことであって、教委が命令で行うことではない。そのことに気付いていないとすれば、教育現場の風通しは決してよくならない。

現代時評《表現の不自由時代》片山通夫

 愛知トリエンナーレが再開された。そして「表現の不自由展」が話題になったことは周知のことなのでここでは書かない。ただ名古屋市長が座り込みをして再開に反対したということだけは書いておく。

 このニュースを聞いていてふと思ったことがある。戦前、特高警察が小林多喜二をはじめ多くの人々が思想犯として逮捕、拷問そして獄死に至らしめた。

 《多喜二に限らず、戦前、思想犯として数十万人が逮捕され、その内7万人以上が送検、400名以上(1,503人とも)が獄死したとされます》(「朝日新聞・平成29年6月1日朝刊)。

 また「あの人の人生を知ろう~小林 多喜二」 に次のような文が掲載されている。

《書くこと自体が生死を賭けた戦いだった…この国にはそんな歴史がある。それも明治や江戸時代の話ではなく、昭和のことだ。

 特別高等警察、略して特高。手塚治虫の『アドルフに告ぐ』にも登場するこの組織は、体制に反対する労働組合員や反戦平和活動家など、政府に逆らう思想犯を徹底的に取り締まる目的で明治末期に設立され、その後敗戦まで強権をふるった。

特高は国家反逆罪や天皇への不敬罪を武器に、密告とスパイを活用して“非国民”を手当たり次第に検挙し、残忍な拷問で仲間の名前を自白させてはさらにイモヅル式に逮捕していった。》

 さてここから本題。

もし先に挙げた多喜二をはじめとする「思想犯」ら400人(もしくは1,503人)の人々の像を彫刻されたらこの企画展に物言った人々はどのように反応するのだろう。戦前の天皇の名のもとに不敬罪などで特高警察が取り締まり、拷問し、挙句の果てに死に至らしめた「罪」に対してはどのように考えるのだろう。やはり不敬だの済んだことだと、いや当時の法律を犯したのだからと、取り繕うのだろうか。

 今我々の持つ憲法や法律は「表現の自由」は保証されているはずだ。だから名古屋市長も、おそらく本来ならば許可されない「公共の建物・敷地内」での示威運動も警察権力など公的機関からの排除もされずに「無事最後まで」座り込みができた。

 そうもわからないというか、理解に苦しむ公権力の在り方・・・・。

現代時評《体質ぴったりの政策を!》片山通夫

 台風19号の被害にあわれた人々にお見舞いの言葉をお届けしたい。まだまだ被害は増えてゆくような報道もあるので、十分な対策をおとりになるよう祈っております。

 ところで、政府・与党のこの事態をどうも真正面から対応していないように感じられるのは、筆者だけなのか?

 ここに気象庁が発表している《災害をもたらした気象事例(平成元年~本年)》というデータがある。約30年にわたる記録だ。  

 毎年、大雨というか豪雨や台風などの自然災害で被害を受けている。はなはだしい年では、10件も発生している。言っておくがこの記録には東日本大震災のような地震の被害は含まれていない。。雨の降り方を少なくするとか、台風を消滅させるとかはできない。しかし「治水」などと言って、ダムを造ることが目的のダムなどに莫大な費用をかける必要は決してないが、国民の生活を守るための政策を迅速に取り入れてもらいたいものだ。

 北朝鮮の脅威に対応するためのイージス弾道ミサイル防衛システムを代表とする米国製品を、トランプ大統領に買わされているようなことをしないで、「国民ファースト」で予算の再配分を30年かけてしてみてはどうだろう。

 少なくとも、「政府・自民党の体質」にぴったりの政策だと思うのだが…。

具体的には次のようなことが考えられる。

1)災害のたびに国民の善意からの自発的なボランティアに頼っていないで、まず自衛隊を航空自衛隊と海上自衛隊とを再編し専守防衛隊とする。陸上自衛隊は解体して災害救助隊として再編し、飲料水、食料、医療なども含めた総合的な災害救助を行う。もちろん海外の災害にも派遣する。国内、海外を問わず迅速に派遣するために、現在の航空自衛隊や海上自衛隊の航空部門を一部割譲して航空部も併せ持つことになる。

 言ってみれば赤十字の別動隊。消防は救急、火災など現状の任務に限り、災害救助は救助隊に。これらの基地は過疎に悩む地方に置き、大都市には何も置かない。ただし迅速に国内すべてをカバーできるように配置する。そのために遊休地を積極的に活用する。

2)ある意味、土建国家になるが、電柱などライフラインの整備に相当の予算をつける。共同溝を整備して、ガス、電気、水道、通信などのラインは共同溝に入れる。

 これらの施策を実行するための予算を重点的に配分するための法律を作る。憲法に定められた健康で文化的な生活を送るためか否かだけで予算化できれば…。

 以上、夢のようなことを書いたが、政治家が過去のしがらみに絡まっていないで、この災害列島を「強靭で文化的な生活を送れるようにする」という目的だけで今後30年を過ごせれば安倍首相も、つまり自民党政権も歴史に名を残すことになるだろう。もちろんいい意味で!

現代時評《地震予知無視を許す原発刑事裁判》井上脩身

 テレビで緊急地震速報が流れたとき、多くの場合すでに地震が発生しているか、せいぜい発生の数分前だ。このアナウンスのさい、津波の恐れの有無も予報してくれるが、これでは家が津波の被害を受けないように塀をつくる時間があるはずがない。とるものもとりあえず高台に逃げるのが精いっぱいだ。原発も同様、津波が現実に襲ってくるまで何も対策をとらなくてもやむを得ない。東京電力福島第一発電所の事故をめぐる刑事裁判で、東京地裁が19日に言い渡した無罪判決はそう述べたにひとしい。原子力発電という、放射性物質を高度に使用する業者も、普通の市民と変わらないレベルの危機意識でよしとするこの判断が許されるならば、必ずや第二の福島事故が起きるであろう。

 裁判は、強制起訴によって業務上過失致死傷罪に問われた東電旧経営陣の勝俣恒久元会長、武黒一郎元副社長、武藤栄元副社長に対して行われ、3被告は一貫して無罪を主張。禁固5年が求刑されたが、長渕健一裁判長は「事故を回避する義務を課すにふさわしい予見可能性があったと認めることはできない」と、被告側の主張を全面的に認めた。

 公判での最大の争点は「最大15・7メートルの津波が原発に襲来する可能性がある」との試算についての判断。試算は、政府の地震調査研究推進本部(地震本部)が2002年に公表した地震予測「長期評価」に基づいて行われたもので、東電は08年3月に受け取っていた。3被告は担当者から「海抜10メートルの敷地を超える津波が原発に押し寄せる可能性がある」との報告を受けていた。(9月20日付毎日新聞)

 報道によると、通常の刑事裁判の検察官に当たる指定弁護士は武藤元副社長について「担当者から15・7メートルの試算を聞いた08年6月には津波を予測。同7月には対策をとるよう進言があったのに先送りした」、武黒副社長には「担当部長から15・7メートルの試算を聞いた09年4~5月ごろには津波の予見ができたが、対策の検討や原発の運転停止の提案を怠った」、勝俣元会長についても「09年2月の会議で担当部長の巨大津波襲来の可能性の発言を聞いて以降、津波を予見できたが、対策をとらなかった」などとした。

 3被告への指定弁護士の主張を総合すると、東電幹部は08年6月~09年5月までの間に、津波に襲われることを予見したのに、その対策をとる義務を怠った結果、原発事故が起き、放射能の拡散による死傷者をだしたことになる。

  これに対し被告側は「試算の基になった長期評価は信頼性がないと聞いた」(武藤元副社長)、「試算は信頼性が乏しく、外部の専門家に検討してもらうことになった」(武黒元副社長)などと主張。「信頼できなかったので対策をとらなかった」というのだ。

 判決は「長期評価」の信用性について、海底の状況の違いを考慮していない▽専門家の評価も分かれていた▽原子力安全・保安院(当時)も「参考情報として扱っていた――などとして「信頼性に限界があった」と判示。この上に立って「原発の運転停止を決断せざるを得ないほどの具体的予見可能性があったとはいえない」として、指定弁護士の主張を退けた。

 以上が裁判の要約である。私は原発の法的判断について、「許されざる危険」の法理にたつべきだとの立場である。

 自動車運転が認められるのは、道交法などの法律に基づくもので、これを「許された危険」と呼ばれており、過失については具体的予見可能性があることが前提である。これに対し、原発のような極めて広範囲にわたって人々の生命・身体に危害を及ぼすものについては「許されざる危険」として、抽象的予見可能性があれば、過失犯に問われ得る、と私は考える。

 しかし、現実の裁判では「日本は地震国だからいつか地震が起きる」という抽象的予見可能性では立証としては不十分だろう。そこで、政府の「長期評価」が具体的予見可能性の根拠となり得るものかどうかをみてみたい。

 添田孝史氏の『東電原発裁判』(岩波新書)によると、政府の地震本部は過去の地震、衛星測位システムで観測した地形のひずみなどのデータを総合して、三陸沖から房総沖の海溝寄りではM8・2前後の地震が今後30年以内に20%の確立で起きると分析した。この評価について04年に土木学会が専門家にアンケートをとったところ、7割近くが支持した。

 東電経営幹部はこうした報告も受けていたはずだ。政府の「長期評価」を「信頼できない」とするならば、一体何であれば信頼できるというのか。「1週間後に地震が起きて、津波がくる」と言われても、信頼できない、いや信頼したくないであろう。となれば、実際に地面の揺れを知覚する以外に信頼できるものはない。

 飛び出してきた子どもを車ではねた場合、「まさか飛び出すとは思わなかった」という抗弁は通らない。だが、原発という政府推進産業ならば、「まさかほんとうに津波が来るとは思わなかった」という弁明がまかり通るのである。

現代時評《ドローンテロの恐怖》片山通夫

 イージス・アショアというバカ高いミサイル防衛システムがある。

 平成30年度の防衛白書には

「イージス艦(BMD対応型)のBMD対応部分、すなわち、レーダー、指揮通信システム、迎撃ミサイル発射機などで構成されるミサイル防衛システム(イージス・システム)を、陸上に配備した装備品であり、大気圏外の宇宙空間を飛翔する弾道ミサイルを地上から迎撃する能力を有しています。北朝鮮に、わが国を射程に収める各種の弾道ミサイルが依然として多数存在するなど、弾道ミサイル防衛能力の向上は喫緊の課題である中、イージス・アショアを導入すれば、わが国を24時間・365日、切れ目なく守るための能力を抜本的に向上できることになります」とあった。

 つまり「大気圏外の宇宙空間を飛翔するミサイルを地上から迎撃」するための武器なのだそうな。

参考⇒ https://www.mod.go.jp/j/publication/wp/wp2018/html/nc020000.html

 先頃、サウジアラビアの石油施設が攻撃されて炎上した。世界の報道によると、ドローンで攻撃されたようだ。知っての通り、ドローンは非常に低空を飛ぶ。それに他の飛行物体よりも安価だ。車一台の価格で数機のドローンを飛ばせるだろう。筆者の知り合いにドローンで空撮をしている方がおられる。聞けばカメラがついて20万そこそこだとか。自動車での自爆テロに比してドローンでのテロは今回のケースを見ても非常に簡単なようだ。それに被害も大きい。過去に自動車爆弾で石油施設を炎上させるほどの被害を与えたことがあったか。下手をすればこのテロが引き金になって、アメリカ・サウジアラビアとイランが全面戦争に入るかもしれない。そんな非常事態を招いてしまった。

 かつて、自爆テロはなかった。時限爆弾や地雷などによるテロでも敷設者は安全な場所にいた。だから初めて自爆テロが2007年にアフガニスタンで起こった時は衝撃だった。今回のドローンによる攻撃は全くの想定外のことだったろう。だからなのかサウジアラビアは、迅速に韓国に対して「防空システム」の提供を申し入れた。これはもしかして2017年12月の韓国・中央日報に掲載されていた「軍が韓国型ミサイル防衛(KAMD)の核心武器である天弓(M-SAM)ブロック2を来年から量産する。新型国産地対空迎撃ミサイルの天弓ブロック2は200発以上生産される可能性」のことかもしれない。同記事によると「金泳三(キム・ヨンサム)政権から金大中(キム・デジュン)、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権まで続いた「プルゴム(エゾヒグマの意)事業」(1次1995-98年、2次2003-2006年)を通じてロシアから導入した技術を基礎としている。盧泰愚(ノ・テウ)政権が旧ソ連に貸した資金を返せなくなったロシアは韓国に武器と技術で代わりに償還する案を提案、金泳三政権がこれを受け入れてプルゴム事業が始まった。軍関係者は「天弓の性能は韓国軍が保有しているパトリオットミサイル(PAC3)より優れている」と述べた。価格はパトリオットより安い。業界関係者によると、PAC3は1発あたり100億ウォン(約10億円)程度だが、ブロック2の場合は50億ウォン程度」と安価だ。

 いずれにしてもサウジアラビアは韓国から安価なミサイル防衛システムに興味を示したのは確かだ。サウジアラビアはアメリカと強固な同盟国だ。その同盟国がアメリカの防衛システムでは役に立たないと判断すれば、他国から購入を検討する。

 一方我が国は「大気圏外の宇宙空間を飛翔する弾道ミサイルを地上から迎撃する能力」を有するというイージスアショアは産経新聞によると総額6千億円超 関連施設など含めると想定の3倍に(衛省試算)」なるらしい。

 一基数十万円のドローンで原発を攻撃されたらと思うとぞっとする。安倍首相は原発事故に関して答弁したように「そんなことは起こらない」と言い張るつもりなのだろうか。

 参考 http://urx3.nu/0skT

吉井英勝議員「海外(スウェーデン)では二重のバックアップ電源を喪失した事故もあるが日本は大丈夫なのか」

安倍首相「海外とは原発の構造が違う。日本の原発で同様の事態が発生するとは考えられない」

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10/8掲載予定  三匹が撮る《出雲に残るスサノオの世界》片山通夫
10/6掲載予定  三匹が撮る《無題》Dyu Men Su
10/4掲載予定 三匹が撮る《民族の祭典》Lee E-sik
10/2掲載予定 旅するカメラ《ピカドンの町》片山通夫
9/30掲載予定 編集長が行く《もく星号墜落に見る奪われた空》井上脩身編集長
9/28掲載予定 ドローンの世界《夏》小田 真
9/26掲載予定 宿場町シリーズ《東海道・品川宿》井上脩身
9/24掲載予定 Opinion《渡来人と呼ばれた人々》:片山通夫
9/22掲載済 とりとめのない話「ブラジルの憂鬱」中川眞須良
9/20掲載済 徒然の章:中務敦行
9/18掲載済 ミナミ気圧 中川眞須良
9/16掲載済 原発を考える《欺瞞に満ちる汚染土再利用政策 》井上脩身
9/14掲載済 breath of CITY:北博文
9/10掲載済《「安倍=ポチ」論に油断してはならない》:渡辺幸重
9/8掲載済 びえんと《新天皇の「おことば」と憲法9条》文・写真 Lapiz編集長 井上脩身
9/6 掲載済 2019Lapiz秋号《巻頭言》 :Lapiz編集長 井上脩身

現代時評《飛鳥時代への思い》片山通夫

 その昔・・・まだ神話の時代のことである。伊弉冉(イザナミ)と伊弉諾(イザナギ)のお話。伊弉冉は火の神様を産んでやけどを負い亡くなって黄泉の国へ行ってしまった。島根県東出雲には黄泉の国への出入り口「黄泉比良坂(よもつひらさか)」がある。伊弉諾は伊弉冉恋しさに黄泉の国へ行ったがあまりにも変わり果てた伊弉冉の姿に驚いて逃げて帰ってしまった。根性なしである。そして筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原で禊を行った際、天照大御神、月読命に次いで鼻を濯(すす)いだときに産まれたと古事記には書かれている。

 その素戔男(スサノオ)だが高天原で大暴れしてついには追放されて地上に降り立った。最初に降り立ったのが朝鮮半島の新羅の国だと日本書紀には書かれている。素戔男は手ぶらで倭の国へ行くのは少し体裁が悪いのか、当時倭の国よりも文明が進んでいた新羅へ降り立って、手土産を見繕った。筆者の憶測だが、まだ弥生時代で青銅器文化しかなかった倭の国に鉄器文化を手土産にしたと思われるのだ。

 当時倭の国は文化的には相当遅れていたと思うのだ。

 筆者は今更ながらだが、司馬遼太郎氏の「街道をゆく」のシリーズを読んでいる。その2巻目に「韓(から)のくに紀行」という巻がある。朝日文庫版の16ページに「大阪はこの原野に人間がほとんど住んでいなかったころ、百済からの移住者がきて拓き、そのころ百済郡という郡さえ置かれた。それが、今の生野区とか、鶴橋、猪飼野あたりらしい」

 ここにいう「百済からの移住者」たちはおそらく新羅に攻め滅ぼされた百済国の人々だったと思う。いわゆる渡来人たちである。

 ところで日本書紀一書(第四)に「素盞嗚尊の行いはひどいものであった。そこで、神々が、千座の置戸の罪を科せられて追放された。この時素盞嗚尊は、その子五十猛神をひきいて、新羅の国に降られて、曽尸茂梨(ソシモリ) の所においでになった。そこで不服の言葉をいわれて「この地には私は居たくないのだ。」と。 ついに土で舟を造り、それに乗って東の方に渡り、出雲の国の簸の川の上流にある、鳥上の山についた。」とある。

 わが国は友好国百済を助けんと唐・新羅軍と白村江で戦ったが完敗。ほうほうのていで逃げ帰った。この時百済人たちも倭国を頼って渡来した。時は天智2年8月(663年10月)のこと。

 つまり日本書紀に書かれている「新羅の国に降り曽尸茂梨(ソシモリ)」というところにいたとなっている。まさか白村江の戦いの最中でもあるまいし、それ以前の時代でもあるまい。というのは、もし百済を助けて「日本が勝っていたら」スサノオは堂々と出雲へ渡ってきたはずである。「この土地にはいたくない」というのは、土船に乗って早々に我が国へ渡ってこなければならなかったからであろう。新羅に負けたからだと思う。

 さて、我々は今、最悪の日韓関係に直面している。古代から朝鮮半島とは浅からぬ関係だったことを思うと、一時の誤りだと思いたいが、近代、特に1900年代からの両国の不幸な関係は一筋縄では解決しそうにない。

 けれど悠久の弥生・飛鳥時代に思いを馳せることができれば、新しい局面を迎えることができるかもしれない。何しろ百済人(渡来人)の血も我々には流れているはずだからだ。