現代時評《日本はもう駄目かもしれない》片山通夫

日本人は昔から他人に、特に外国の人には冷酷だったのでしょうか?
6月9日の東京新聞に《疑念だらけなのに議論打ち切り 入管難民法改正案の残された問題とは 「外国人の命が危機」の声上がる》と。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/255562

結局の所、マイナンバーカード同様、数の力に押しつぶされるのが今の国会の有様。またそれに加えて数の力のメンツ(?)で一旦出した案をひっこめることができない、もしくはメンツが少数者の意見を聞く余裕がない。良識ある個人や弱小政党が如何に声をふり絞って叫んでも、説いても、所詮は負け犬の遠吠え。戦争と比べるわけではないがウクライナが当初数日であの巨大なロシアに押しつぶされることなく善戦しているのはウクライナの人々の弛まぬ抵抗、国を守る意志は無論、EUをはじめとする支援がものを言っている。
つまり大政党はもう少し余裕を持てれば良いのにそれがない。つまるところ自信がないのだ。自信がないから審議を打ち切って無理やり採決しようとする。マイナンバーカードのように以前決めたはずの決まりを平気で無視して押し切ろうとする野蛮さが顕著だ。

強い政党になびいてそのパシリに甘んじているような政党を政党とは呼べないのではないだろうか。そして我々国民は完全とは言わないが、そんな政治に興味も示さなくなった。言ってみれば面白くないのだ。それよりも芸能界のスキャンダル、WBCの行方、ガーシーだのなんだのと自分の身の回りで起こっていることよりも、無責任に興味を持つことのできる、面白おかしい事件の方が見ていて楽なのだ。

これにはマスコミ、特に新聞や地上波のテレビにおおいに責任がある。電波を取り上げられると恐喝まがいの脅しを受けることが考えられるテレビは論外だが、新聞も部数の減少象が著しい。今後ますます衰退してゆくはずだ。人口の減少傾向が続く地方ではもはや宅配は成り立たない。かといって、宅配をやめれば、人々の新聞離れはますます加速する。ニュースはテレビに頼る。テレビは政治に忖度する。かくして良識あるマスコミはなくなる運命にある。

保守的な考えのグループがはじめから計画したわけではないだろうが、完全に彼らの考えに乗せられている。安部政権時代の負の遺産、旧統一教会を始め白日の下にさらしたい事案は山積だが、もう日本は駄目かもしれない。