現代時評《安倍氏ら党重鎮の総裁選への魂胆》井上脩身

墜落か再上昇かANA

最初に断っておくが、全日空のことではない。1971年の雫石事故以来、全日空機の墜落事故は起きていないのだ。ここでいうANAは安倍晋三、麻生太郎、二階俊博の自民党を牛耳る3氏である。菅義偉首相が3日、同党総裁選不出馬を表明して以来、総裁選立候補予定者の支持票集めが水面下で活発化、情勢は混とんとしている。こうしたなか、同党若手・中堅議員有志が7日、「派閥にとらわれない自由投票を」との意思表明をした。私は新聞でこの報道に接し、冒頭の川柳句が浮かんだ。今度の総裁選がANA3氏のもくろみ通りに進むかどうか。この国のこれからの政治の行方を左右する重大な局面である。

昨年8月末、安倍氏が突然首相の辞任表明をしたさい、後継総理・総裁候補として二階氏がいちはやく菅氏を選択。麻生派や安倍氏が所属する細田派、竹下派も菅氏を支持し、総裁選で菅氏が圧勝、首相に就任した。その菅氏がコロナ対策で後手後手にまわったことなどから今年7月には支持率が30%前後まで低下した。しかし、菅氏自身はワクチン接種の実績を背景に総理・総裁の続投に自信をもっていたようだ。8月25日の記者会見で、コロナ収束について「明かりがはっきり見え始めている」と述べた。

私は次のような川柳をつくった。

暗い顔で明かり見えると言われても

9月にはいって、東京都の新規感染者数は減少しており、第5波に限れば「明かりが見え始めている」という認識は必ずしも誤りではない。だが菅氏が語ると、聞く方は逆に意気消沈するのだ。陰鬱な表情がそうさせるのである。それはトップにある者が決して見せてはならない表情であろう。これができない菅氏はそもそも総理大臣の器ではないのだ。それを国民に見抜かれたことが支持率低下に拍車をかけたと私は思う。
菅氏が首相に器でないことは、ANA3氏はわかっていたはずだ(わかってないなら、人を見る目がまったくないことになる)。したがって、ANA3氏は菅氏の政権投げ出しの責任を免れない。

さて、新総裁候補者である。菅氏が不出馬表明する以前から岸田文雄前政調会長が立候補を表明。高市早苗前総務相も立候補の意欲を示していたが、事実上菅・岸田両氏の一騎になるとみられていた。同党内では「菅では衆院選は戦えない」との声が強く、岸田氏が勝つ可能性が高まりつつあった。こうしたなかでの菅氏の不出馬表明である。私は、陰で「このままでは岸田が次期首相になる。それは避けねばならない」と策謀したミスターXがいるのでは、とみた。いうまでもなく、安倍政権は「日本会議政権」であった。明治憲法的な天皇中心国家観を基本にすえ、女性天皇否認、選択的夫婦別姓の否定などの右派政治が安倍政治の本質である。その流れを維持するための「岸田つぶし」が、不出馬の裏舞台にある、と私は直感したのである。
はたして安倍氏は高市氏支援を表明した。高市氏は筋金入りの右派政治家なのだ。
安倍氏は「オレが高市と言ってるのだから、女性である高市に支持が集まるはず」と読んだのであろう。だが、コロナ禍で国民から自民党に厳しい目が向けられるなか、「人気のない者を首相にしたらまた同じ轍を踏む」という意識が当選回数の少ない議員に強く、その多くは、出馬に意欲を示している河野太郎行政改革担当相になびいている。河野氏が正式に出馬を表明すれば、間違いなく本命とみられるであろう。
総裁選は17日に告示、29日に投開票されるが、今後の焦点の一つは高市氏が河野氏の対抗馬として躍り出るかである。もう一点は、麻生派の河野氏が麻生氏や二階氏の支援を得ようとするのか、それとも派閥頼みから脱却しようとするのか、この点に関連して反原発という年来の主張を公約に掲げられるか、である。
高市氏に支持が集まらないとなれば、ANA3氏は河野氏の抱きこみにかかるだろう。河野氏がANA3氏と決別姿勢を明確にし、政策として反原発を打ち出せば、この国の政治にも少しは明かりが見えてくるのだが。