現代時評《コロナ災害と大阪府知事の責任》井上脩身

私は毎日、大阪府と東京都の新型コロナウイルス新規感染者数を手帳にメモしているが、3月半ばころからの大阪府の急激な感染拡大に驚く。4月13日(4月第2火曜日)は1099人と初めて千の大台を突破、3月の第2火曜日(9日)の103人に比べると、1カ月の間に実に10倍も感染拡大ペースが上昇した。同じ期間、東京都では290人から510人へと1・8倍しか増えておらず、大阪府の蔓延ぶりは異常である。しかも重症患者の病棟不足という医療崩壊が起きており、「大阪コロナ災害」とも呼ぶべき深刻な事態である。吉村洋文・大阪府知事の要請により、2度目の緊急事態宣言を東京よりも21日も早い2月28日に解除した結果であることは明白であろう。吉村知事は20日、3度目の緊急事態宣言を菅義偉首相に要請した。治ってない病人を早期に退院させたため悪化し、また入院させるようなものだ。知事の責任は重大である。

今年1月8日、菅首相は東京都をはじめ首都圏の1都3県に、昨年4月に続いて2度目の緊急事態宣言を発令、同13日、大阪府、兵庫県、京都府にも発令した。期限の2月7日になっても抑えられず1カ月延長。ところが吉村知事は「新規陽性者数が1日平均で300人以下の日が7日間続いた」などとして首相に緊急事態宣言解除を要請、2月28日、宣言は解除された。一方、首都圏の1都3県については3月21日までさらに延長された。結果として、大阪府の緊急事態宣言の解除は東京都より21日も早くなった。
吉村知事が記者会見などで解除要請に言及した2月下旬、新規感染者数は100人(23日)~54人(28日)の間を上下している。1月8日が654人だったことからみれば、確かに大きく減少。形式的には解除の条件を満たしていた。
当時、すでにイギリス型変異株による感染例が隣の神戸市から報告されていた。イギリス株は従来株よりも感染力が強いといわれており、大阪府でも感染者が出るのは必至とみられていた。したがって緊急事態宣言を解除するかどうかの判断に際し、この点も考慮して条件をより厳しくしておかねばならなかった。イギリス株がどう影響するかわからないというのであれば、それが判明するまで宣言を継続しておくべきであった。

テレビ朝日の「羽鳥モーニングショー」は、4月13日、大阪府の居酒屋で感染したAさんの例を取り上げた。
30代のAさんは3月18日、1人で店に入った。アルコール消毒や検温などの対策が行われており、店内には客が4人しかいなかった。Aさんがこの店にいたのは1時間足らず。酒を飲んだだけで何も食べなかった。店主は常にマスクをしていて、Aさんがいる間は一度も外していない。Aさんも飲むとき以外はマスクをしていた。他の客も同様で、みんな静かに飲食していた。
ところがAさんは22日、37・4度の熱が出た。翌日PCR検査をしたところ陽性と判定され、24日から入院。家族は妻と未就学の女の子。Aさんは家族と部屋を別にし、携帯電話で連絡し合って、出会わないようにした。風呂もAさんが最後に入るなど、家庭内感染が起きないよう努めた。しかし妻も娘も感染した。
感染源は店主であることが後で判明。約10人が感染していた。店はいわゆる「いちげんさんお断り」というタイプの居酒屋だという。店主は、まさか自分が感染しているとは気づかずに、クラスターを引き起こすことになった。
番組では、マスク、消毒、蜜を避けるという感染対策をとっていても感染する例として紹介していた。この店に窓がなかったことから、感染症学の専門家は「換気が不十分だったかもしれない」とコメントした。

私が知っている居酒屋のうち、窓がある店はわずかしかない。地下街やビルの中の店はいうまでもなく、ふつうの民家タイプの店でも窓はないか、あっても小さな窓だ。居酒屋とはそういうものだ。営業を認めるならば、窓つきに改造するか、換気設備をつけることを義務づけるほかあるまい。当然、行政当局にはそのための資金援助が求められる。

吉村知事は「マスク会食」を府民に要請していた。飲むときに外し、飲みほすとまたつけ、何かを食べるとき外し、またつけるということを、面倒でも徹するように、というのだ。Aさんも客もこれを守っていた。飲食店に窓をつけろ、とは府は命じていない。したがって店主に落ち度があるとは言えない。もし感染して入院したAさんが、業務ができなくなったことで収入が減ったとすれば、その責任は国か大阪府以外にあり得ない。

Aさんが大阪府知事を訴えると仮定して、その論点を整理してみよう。
まず緊急事態宣言の解除を急いだことが過失であるかどうか。
緊急事態宣言の解除を早くする方針を吉村知事が示したとき、イギリス株による感染例があったことはすでにふれた。
イギリス型変異株については神戸市が調査。1月中旬から2月中旬までの間、36人が変異株に感染、うち31人がイギリス株だった。感染者中、イギリス型変異株の割合は1月29日~2月4日は4・6%、2月5日~11日は10・5%、12日~18日は15・2%と高くなっていた。イギリスでは、感染力が従来株より1・7倍強く、感染の主流になったとの報告があり、従来以上に踏み込んだ対策が求められていた。吉村知事は緊急事態宣言の解除条件を厳格化する義務があったといえよう。
ところが知事は逆に解除を急いだのである。大阪府では3月7日~同20日の間、変異株が48・1%に達した。イギリス株が猛威をふるったためであることは紛れもない。マスク会食を守っていたにもかかわらずAさんが感染に至ったのは、イギリス株抑え込み対策がなされなかった結果とみるべきであろう。
Aさんの感染の直接的原因は店主が感染していたことだ。この点について考察してみたい。
吉村知事は、緊急事態宣言解除後の3月1日から同21日までの間、大阪市内に限って飲食店の営業を午後9時まで、酒類の提供を同8時半までとする営業時間短縮を要請した。逆にいえば、午後9時までの営業を認めたわけだ。すでに述べたようにイギリス株が出現した以上、店側にマスクや消毒、3密回避という従来の対策以上の強化を求めなければならない。その最たるものは、飲食店の店主、従業員が感染していないことの確認である。このために府は飲食店に対するPCR検査体制を確立しておく必要があった。
大阪府の検査数は4月12日現在、累計1,162,333件(うち大阪市内339,247)。人口に対する割合は13%(12%)。おおむね10人に1人しか検査ができていない。検査した多くは症状があった人や濃厚接触者などで、無症状者のほとんどは検査されることはない。感染源になる可能性が高い飲食店の店主、従業員も同様である。PCR検査体制の不備のため、店主は感染していることに気づかなかったと言える。
この不備は保健体制に構造的な欠落があるためとの指摘がある。
PCR検査の相談業務は主に保健所で行われているが、大阪府は保健所数を2000年に22カ所から15カ所に減らしたのを皮切りに年々削減、2020年度には9カ所にした。なかでも人口275万人の大阪市には1カ所しかないという信じがたい有様だ。この合理化政策が検査数の少ない原因といわれ、結果として感染拡大を抑えることができない要因の一つとなっている。
こうした不備、欠落ある体制は、東京都や大阪府など7都府県に第1回の緊急事態宣言が発令された2020年4月7日を機に、今後の感染拡大の波を予測して見直しを図るべきであった。

今年4月7日、吉村知事は「医療状況は逼迫している」として、府独自の「医療非常事態宣言」を発令した。大阪府の重症病棟は244床(19日現在)。知事が緊急事態宣言を要請した20日の重症者は317人にのぼり、あぶれた73人は軽症中等症病床で治療を受けている。すでに医療崩壊状態になっており、医療スタッフの懸命の努力も、早晩限界に達するであろう。

以上みてきた通り、吉村知事が緊急事態宣言の解除を急いだことが、イギリス株変異ウイルス爆発という極めて憂慮すべき事態を招くこととなった。もし重症患者のなかから、受けられるべき医療が受けられずに死に至る人が出てくれば、知事の責任問題に発展することは必至である。そのような不幸な人が出ないよう祈るしかない。