現代時評《裏金パーティーとジャーナリズム》井上脩身

在京新聞社の社会部長が選ぶ今年の重大ニュースのトップに「自民党の派閥パーティー券問題が選ばれた。師走のあわただしいなか、政治資金パーティー収入の裏金疑惑で政界が激震、安倍派の4閣僚が更迭されたうえ、東京地検特捜部が捜査に乗り出したのだから、今年一番のニュースになるのも当然であろう。ちなみに2位は「ジャニーズ事務所、性加害認め謝罪」である。この二つのニュース相互には何の関係もない。しかしジャーナリズムとしては共通する重大問題をかかえる。ともに、深刻な疑惑があることが明るみに出ているのに、マスコミが調査・報道を怠ってきたという点である。各社の社会部長としてすべきことは、自社のニュース感覚の鈍さへの猛省であろう。

ジャニーズ問題は、ジャニー喜多川氏(2019年、87歳で死去)が長年、性加害をしてきた疑いがあることを週刊文春が報道。2003年、東京高裁が「セクハラに関する重要部分は真実」と判決、翌年、最高裁で確定した。判決について、朝日新聞と毎日新聞は報じたものの、NHKをはじめ放送各社は判決すら報じなかった。その後も、この問題を正面から取り組む報道はなかった。各社の報道が始まったのは2023年3月、英BBC放送と、同4月の元所属タレントの性被害告発の記者会見が行われてからだ(11月27日、毎日新聞)。

政治資金パーティー収入の裏金問題が表面化したのは2022年11月6日、しんぶん赤旗日曜版の記事によってである。ウィキペディアによると、同紙は自民党の5派閥が政治資金パーティー券を20万円以上購入した大口購入者の名前を政治資金報告書に記載せず、長年にわたって脱法的隠蔽を行ってきたことが分かったとしたうえで、不記載は2018~2020年の3年間で少なくとも59件、額面で計2422万円に上ると報じた。
このデータについてコメントを求められた神戸学院大の上脇博之教授(憲法学)は独自に調査を始めた。
政治資金規正法は20万円を超える政治資金パーティー券を購入してもらった場合、購入者の名前や金額、購入日などの明細を収支報告書の収入欄に記載することを義務づけている。上脇教授は自民党5派閥の政治団体の収入明細を確認し、総務省が公表する業界の政治団体側の支出欄と突き合わせるという手法をとった。金額が大きかった清和政策研究会(安倍派)を手始めに、政治団体の収支報告書の記載内容を3カ月にわたって一つ一つ地道に調べていった結果、2018~2021年分で計約4000万円に上る不記載を見つけた(11月28日、東京新聞電子版)。
上脇教授は、自民党5派閥が政治資金パーティーの収入について、2018~2021年の政治資金収支報告書に計4168万円を過少記載したとして今年10月、各派閥の当時の会計責任者らを政治資金規正法違反(不記載・虚偽記入)容疑で東京地検に告発した。派閥別内訳は安倍派1952万円▽二階派974万円▽茂木派620万円▽麻生派410万円▽岸田派212万円。
11月2日、読売新聞が上脇教授の告発状提出を報道、12月1日、朝日新聞が「安倍派は、所属議員が販売ノルマを超えて集めた収入を議員側にキックバックする運用を組織的に続けてきた疑いがある」とスクープ。キックバックが裏金になっていたとみられ、以後、各社の報道合戦が繰り広げられるようになった。
朝日の報道にみられるように、裏金問題で突出しているのは安倍派である。2018年から2022年まで、安倍派が政治資金収支報告書に記載した収入は計6億5884万円。しかしあくまでこれは表の収入。総務省によると2022年の各派閥の政治資金パーティー収入(カッコ内は所属国会議員数)は麻生派(56人)2億3331万円▽岸田派(47人)1億8329万円▽二階派(40人)1億8845万円▽茂木派(55人)1億8142万円▽安倍派(99人)9480万円▽森山派(8人)4016万円。以上のデータをみると、最大派閥の安倍派が他の派閥より1億円も少なく、わずか8人の森山派の2倍余りでしかないという不自然さが目につく。この結果、パーティー収入を正しく記載していない疑いがもたれ、実際の収入はこの3年間だけで8億円以上に膨らむのではとの指摘がある。

こうした不記載収入が所属議員へのキックバックに充てられた可能性があり、安倍派の裏金総額は5億円以上にのぼるとみられている。東京地検は国会議員に対する事情聴取を始めており、閣僚経験者クラスの政治家を立件できるかが最大の焦点だ。
政治とカネをめぐるこれほどの大事件に発展した政治資金パーティー。上脇教授はしんぶん赤旗の記者からコメントを求められたとき「大変重要な指摘だ」とおもったという。同紙の記事を読んだジャーナリストは少なくなかったであろう。そのだれもが上脇教授のように「これは問題だ」と直感し、調べてみようとは思わなかったのであろうか。上脇教授ができたことを、数多くの記者を抱える新聞各社がしなかったという不作為にあ然とさせられる。

上脇教授が告発しても、ほとんどの社はただちに記事にしなかった。おそらく東京地検の動向をうかがっていたのであろう。東京地検の特捜が動きだしたので、ようやく報道に踏み切ったのだと私は想像する。もしそうであるならば、政治とカネの問題に目を光らせるべきジャーナリズムとしては、失格の烙印を押されかねないほどの受け身の姿勢と言わねばならない。
ジャニーズ事務所の責任をただし、裏金の指示をしたであろう政治家の責任を追及するのは、ジャーナリストとしての当然の責務である。同時に、自らの姿勢も問いたださねばならない。ジャーナリズムはいま危機に瀕しているのである。