ONCE UPON a TIME 外伝 ”サンフランシスコからメキシコシティへ”片山通夫

国境を通る車(イメージ)

グレイハウント(バス会社)のチケットをよく見ると、ロサンゼルス発になっている。バスセンターでそれを指摘されロサンゼルス行のバスに乗った。その後ロサンゼルスで乗り換えてようやくメキシコシティ行のバスに乗ることができた。
記憶はあやふやだが、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンディエゴとメキシコのバハカリフォルニア州ティフアナが最西端の国境の町だった。国境はちょうど日本でいうと高速道路の料金所のような佇まい。車ももちろん国境を越えることができるが、ボクはその手前のグレイハウントのバスディーポでおろされて徒歩で渡った。国境を歩いて渡ったのははじめてだった。島国に生まれ育ったボクは「国境を歩いて渡る」というのが新鮮だったことを鮮明に覚えている。

ここで断っておくが、ボクは英語を含む外国語は出来なかった。それでも横浜からサンフランシスコの2週間で英語は何とかだいぶましになったと思っている。そしてメキシコシティの1週間余り、同じバスに乗った人たちとも仲良くなり意志の疎通は図れた。もちろん賢明な読者の皆さんのレベルでは決してない。ということはスペイン語なんて・・・。

以前、まだ学生の頃、中国へ行った。中国は「書けば通じる」所だった。しかしアメリカは・・・。ましてメキシコは!!

ONCE UPON a TIME 外伝 ”キューバへ行くのか?”片山通夫

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先に書いたように、アメリカとキューバは犬猿の仲。「キューバへ行くのか?」税官吏は驚いたように2度そう叫んだ。そしてボクのバックの中を徹底的に調べだした。特に何もないのでそれ自身は簡単に終わった。子細に調べたのは荷物よりもパスポートとチケット。(何を疑ってるのだろう?)
しかし怪しいところはないので、それも無事に終わった。最後に今も鮮明に覚えているが、彼は自分の手で自分ののど元を切るしぐさをした。「カストロ!」と言いながら。きっとそんなところへ行けば殺されるぞと言いたかったのだろう。
それでもようやくサンフランシスコの港でホテルを予約し町に出た。バスは明日出発。
ボクは「ホノルルでアメリカに入国した」と思っていたが、アメリカ本土にはまだ上陸していなかったので「入国はしていない」のだそうだ。
その夜ボクは船室で仲良くなった日本人とホテルの部屋で語りあかした。彼はウルグアイのモンテビデオへ明日午後に飛ぶらしい。キューバも人を驚かせるようだが、モンテビデオにも驚いた。

ONCE UPON a TIME 外伝 ”いよいよアメリカ”片山通夫

Golden Gate Bridge

横浜を出て2週間ほど経った。サンフランシスコに着く。しかしその前に海流の影響か海はすごく荒れた。海流のせいだとかいうらしいが、英語の説明は正直よくわからなかった。汽船は1.5万トンの大きな船。太平洋を渡って来て初めての揺れだった。揺れが収まったところで美しい橋が目の前に現れた。Golden Gate Bridgeである。なぜ金門橋と呼ばれるのかは英語がわからなかったのでその時はわからなかったと正直に白状する。
いよいよ上陸だ。体育館のような広さのイミングレーションと税関が控えている。ボクは一応アメリカの通過ビザを持っていた。通過ビザなのでその先何処へ行くのかが明確にしなければならない。ボクはメキシコへ行くといった。グレイハウントという全米をカバーするバス会社のメキシコシティまでのバスチケットを見せた。

 

ONCE UPON a TIME 外伝 ”ホノルル上陸”片山通夫

クリーブランド大統領

4月の日本は寒くはないが決して暑くはない。横浜では桜はすでに散って東北辺りで満開だと思われた。前に書いたが乗っていた豪華な客船はクリーブランドというアメリカ大統領の名前がつけられていた。
それはともかく、船はハワイ・ホノルルに着岸した。24時間だったかの滞在である。下船時の持ち物は現金、水泳具一式、カメラだった。残念ながら国際免許はもっていなかった。まさかハワイでドライブできるとも思っていなかったので、持ち出さなかった。
まず他の乗客とワイキキへ行き泳いだ。海の色は濃く雲は白く空はあくまで青かった。

そうこうするうちに泳ぐのも飽きてきたのでレンタカーを借りようということになった。船で同室の仲間とで。
書くのが遅くなった。僕の部屋は所謂船倉で窓のない6人部屋だった。
レンタカーはすぐに借りられた。ただし前金。金額は忘れた。
その車であちこち走り、最後に日本から移民してきた大家族と知り合った。
総勢20人くらいいたと思う。なんでもバナナのプランテーションで働いているとの話氏だった。夕日に映える家族写真は圧巻だった。でもカラー写真でなくて今のようにデジタルでもなかったので後日郵送するということにした。

Once Upon a Time 外伝 ”ブルー・ライト・ヨコハマ”片山通夫

プレジデント・クリーブランド号(インターネットから)

1969年4月。ボクは横浜の大桟橋に向かった。最後にこの横浜港大桟橋のメモをつけておくが、開国日本の歴史そのものだと思う。
それはともかく、ボクは船で太平洋を渡りサンフランシスコまで行き、そこからアメリカ大陸を南下しメキシコへ行く予定。何しろ当時最も安いのは船だった。飛行機なんて高嶺の花。その船の名前はプレジデント・クリーブランド号。びっくりした。何しろ汽船で海を渡るなんてはじめてだし、ましてイギリス船籍の汽船・・・。船内すべて英語。おまけにテストケースだったのが、船の等級にかかわらずプールやデッキ、バーにレストランは本来あるはずの垣根が撤廃されていた。
ボクは当然昼は泳ぎ、夜はバーで過ごした。
このバーにはジュークボックスなるものがあり、レコード音楽が夜毎流れていた。そのバーでボクは「ブルー・ライト・ヨコハマ」というヒット曲を知った。この曲はご存じの通り1968年に出た石田あゆみという歌手の大ヒット曲。最も無骨なボクは音楽にはとんと知識がなかった。しかしこれは後日キューバででも困った。
MEMO
1859年 安政6年横浜港開港
1892年 明治25年イギリス波止場の延長線上に鉄桟橋架設工事着工
1894年 明治27年鉄桟橋(大さん橋)竣工約19m 長さ約457mメリケン波止場と呼ばれる
1895年 明治28年鉄桟橋に第一船「グレナグル」(イギリス船)入港
1923年 大正12年関東大震災で桟橋部陥没、上屋焼失
1945年 昭和20年進駐軍(米軍)が大さん橋を接収。サウスピアと呼称
1952年 昭和27年接収解除
1964年 昭和39年東京オリンピックに合わせて国際客船ターミナルが完成
2022年 令和4年 現・大さん橋ターミナル、リニューアルオープン20周年