「ひな人形・その由来」

かわいい、もしくは綺麗なお雛様の日、ひな祭りは今日3月3日で女の子の節句として日本各地で盛んだ。ひな祭りの歴史はかなり古く、平安時代中期(約1000年前)にまでさかのぼるという。当時は三月の初めの巳の日に、上巳(じょうし)の節句と言い、無病息災を願う祓いの行事が盛んだった。 “story《人形の話》片山通夫” の続きを読む
片山通夫公式サイト photo:祇王寺にて・嵯峨野
「ひな人形・その由来」

かわいい、もしくは綺麗なお雛様の日、ひな祭りは今日3月3日で女の子の節句として日本各地で盛んだ。ひな祭りの歴史はかなり古く、平安時代中期(約1000年前)にまでさかのぼるという。当時は三月の初めの巳の日に、上巳(じょうし)の節句と言い、無病息災を願う祓いの行事が盛んだった。 “story《人形の話》片山通夫” の続きを読む
【LapizOmline】最近、早乙女勝元さんの『東京大空襲ものがたり』(金の星社)を読みました。小学生の男の子がゼロ戦のプラモデルの組み立てに夢中になるくだりがあり、小学校時代の友だちのYくんを思いだしました。手が器用なYくんは長さ10センチ余りのゼロ戦の模型をつくり、みんなに見せびらかしていました。半藤一利さんの『昭和史1926―1945』(平凡社)には、ゼロ戦は紀元2600年に正式に戦闘機として採用されたとあります。神武天皇が即位した年を元年とし、2600年にあたる1940(昭和15)年に、紀元2600年を迎えたのです。その年、ゼロ戦は「神の国」のエースとして登場したものの、はるかに性能がまさるB29にはかなわず、敗戦を迎えたのでした。 “LapizOnline《巻頭言》井上編集長” の続きを読む

【LapizOnline】Lapiz(ラピス)はスペイン語で鉛筆の意味。地球上には、一本の鉛筆すら手にすることができない子どもが大勢いる。
貧困、紛争や戦乱、迫害などによって学ぶ機会を奪われた子どもたち。
鉛筆を持てば、宝物のように大事にし、字を覚え、絵をかくだろう。
世界中の子どたちに笑顔を。
Lapizには、そんな思いが込められている。

島では食料生産や生活インフラに限界があることから島内の戸数を制限してきた島があります。静岡県の熱海港沖、相模湾に浮かぶ初島もその一つで、江戸時代から現在まで耕作地や水源、漁獲を島民で均等に分け合う共同体的生活が営まれるようになり、40戸前後の戸数が維持されてきました。「次男以降は島を出て、跡取りがいない家は婿養子をとる」という不文律が脈々と守られてきたのです。 “連載コラム・日本の島できごと事典 その160《戸数制限》渡辺幸重” の続きを読む
明けましておめでとうございます。
本年もよろしく御願い申し上げます。
2025年1月1日
昨年から色々考えることが多くなりました。
わが身をめぐる時の流れが、瞬く間と言えるほどの速さに戸惑い、はたまた、今やりかけている写真作品の制作の終わりの見えぬもどかしさ。考えてみれば、80年を生きてきたわけです。当然と言えば当然なのかもしれません。昨年から私が80歳になった記念に纏めだした写真があります。大阪の町や神戸の町などを、私にとっては「新しい感覚」で(ホンマかいな?)撮影したものを纏めております。近場で彷徨いながら撮った写真です。今後Web上で順次掲載してゆきますので是非ご覧ください。
大津絵の筆のはじめは何仏 芭蕉
挿絵は鬼が僧衣をまとっている絵で、慈悲ある姿とは裏腹な偽善者を諷刺したものです。鬼の住まいは人間の心の内にあるということで、描かれた鬼の角は、佛の教えである三毒(貧欲・瞋恚・愚痴)いわゆる人々の我見、我執であると言えます。人は自分の都合で考え、自分の目でものを見、自分にとって欲しいもの、利用できるもの、自分により良いものと、限りなく角を生やします。大津絵の鬼は、それを折る事を教え、鬼からの救いを示唆しているとも言われています。
【LapizOnline】アメリカの話。 元メディア幹部のフィドラー氏は1980年代に「人々は紙に印刷された新聞を必要としないだろう」と唱えた。「新聞は持ち運びの出来る機器によって配信される。そして人々はそれを「読む」というわけだ。印刷された新聞を買うという行為は、端末に配信されるニュースを読むのと同等だ。勢い印刷工場でインクを使って、いや紙そのものを輪転機にかけ、トラックで運び、町の新聞スタンドで販売すると言うスタイルはすでに遅れている形態だと言わんばかり。 “LapizOpinion《Webメディアの台頭》一之瀬明” の続きを読む
【LapizOmline】宝生院は、香川県小豆島のある。このシンパクは香川県土庄町にある巨木でシンパクとしては国内唯一の特別天然記念物「宝生院のシンパク」で国指定特別天然記念物だ。
樹齢1,600年以上と言われ、周囲約16.9メートル、樹高約20.9メートルの巨木である。なんでも応神天皇お手植えだそう。この巨木を見ていると「象」「龍」「亀」がいるような気がしてくる。いやそう見えるのだ。考えてみると仏教に因んだ動物たち。
それゆえか神秘的で神聖なパワースポットとして多くの人に親しまれている。
註
宝生院:https://hoshoin.jp/about/
シンパク:植物学上、ミヤマビャクシンと言い、盆栽界では松に負けず劣らずファンが多い樹種 “神宿る。《宝生院のシンパク》片山通夫” の続きを読む

「戦争をしてはいけない」と誰もが言います。しかし、その方法となると「軍備を増強して戦争を抑止する」から「非武装で外交によって平和を守る」までさまざまです。第二次世界大戦中の沖縄戦では各地で激しい戦闘が続き、人の命を奪うだけでなく生活基盤や社会インフラ、自然などすべてが破壊し尽くされました。その中で軍事施設がなく日本軍がいなかった島では破滅的な破壊を免れた例が見られます。いま、琉球弧(南西諸島)の島々に自衛隊のミサイル基地を含む軍事施設が配備され、日米の一体的な軍事体制が強化されつつありますが、沖縄戦での非軍備の島の体験は最近の軍備増強化は島の平和維持に逆行していることを教えているように思います。 “連載コラム・日本の島できごと事典 その159《非軍備の島》渡辺幸重” の続きを読む

沖縄・西表島(いりおもてじま)上原港の北東約2.5キロメートル、鳩離島(はとばなりじま)の北方約1.7キロメートルの海域に「バラス島(とう)」というサンゴの島があり、シュノーケリングや海水浴の観光ツアーで人気を得ています。ところがこの島は地図には載っていません。なぜでしょうか。 “連載コラム・日本の島できごと事典 その158《バラス島》渡辺幸重” の続きを読む

「からゆきさん」とは九州地方の西部や北部の言葉で、明治時代から昭和初期まで中国や東南アジアなど海外への出稼ぎのことあるいは出稼ぎに行った男女のことをいいます。島原地方(長崎県)や天草地方(熊本県)出身者が多く、長崎県の長崎港や口之津港などから海外に向かいました。特に出稼ぎだけでなく売られたりだまされたりして売春婦となった女性が『からゆきさん』(森崎和江著1976年)や『サンダカン8番娼館』(山崎朋子著1980年)などで取り上げられたことから「からゆきさん」というとこれらの女性を指すイメージが強められました。からゆきさんとして過酷な運命にさらされた女性の数は数万人、10~20万人、30万人とばらばらで確かな数はわかりませんが、背景には貧しさがあることを忘れてはなりません。実家に仕送りを続ける人も多かったでしょう。“ジャパゆきさん”という新しい言葉も思い出しますが、貧困は地域や時代を超える人類最大の悲劇かもしれません。 “連載コラム・日本の島できごと事典 その157《からゆきさん》渡辺幸重” の続きを読む