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不思議な名前の不思議な建物が不思議な場所に建っている。
大正12年築の木造洋風建築物らしい。
これは筆者の偏見と言うかどうかはともかく、岡山は「大正ロマンの香り」が感じられる。横溝正史の推理小説の舞台が、戦後間もなくの岡山県が舞台だというのが多い影響もあり、またそれ以前の「大正ロマン」を満喫させてくれる画家で詩人の竹久夢二の生家もやはり岡山県(邑久町)だったりしてなんとなく親しみを覚える。 “紀行・岡山の旅《岡山禁酒會館》片山通夫” の続きを読む
片山通夫公式サイト 写真:サハリンの冬
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不思議な名前の不思議な建物が不思議な場所に建っている。
大正12年築の木造洋風建築物らしい。
これは筆者の偏見と言うかどうかはともかく、岡山は「大正ロマンの香り」が感じられる。横溝正史の推理小説の舞台が、戦後間もなくの岡山県が舞台だというのが多い影響もあり、またそれ以前の「大正ロマン」を満喫させてくれる画家で詩人の竹久夢二の生家もやはり岡山県(邑久町)だったりしてなんとなく親しみを覚える。 “紀行・岡山の旅《岡山禁酒會館》片山通夫” の続きを読む

路面電車はのんびりしていて楽しい。札幌、函館、富山、松山、高知等で乗ったことがある。最近高知では乗ったことがないが、「維新號」なんて路面電車が走っているかもしれない。(走っていました!!)勿論車掌は「脱藩じゃ」と叫びながら…。そういえば松山には「坊ちゃん電車」なるものが道後温泉と松山駅をそれらしいいでたちの車掌さんが同乗している。 “取材手帖・晴れの国《路面電車のある街》片山通夫” の続きを読む
昔、横溝正史と言う作家が、戦災を避けるために岡山県に疎開した時期があった。そこで生まれたのが本陣殺人事件(1946年)、獄門島(1947年)、八つ墓村(1949年)、犬神家の一族(1950年)などと言うおどろおどろしい推理小説群だった。彼の書く推理小説は岡山県の山村や瀬戸内海に浮かぶ小島を舞台にした戦前からの因習が絡む戦後の世界が主だった。人間の愛憎、物欲などが描かれた小説は人々に強烈な印象を与えた。筆者などは先に挙げた小説以外はあまり評価できないという生意気な分際だ。いずれにしろ、時折大阪から岡山を通って、鳥取や島根に向かう途中の中国山中は、現代でこそ高速道路も通って、列車も東京から「サンライズ出雲」という特急電車が岡山経由で通っている。
いずれにせよ、岡山県を語る時、出雲からの「出雲街道」とともに、外すことができないのが、この横溝正史と言う小説家である。
はじめに・・・。
岡山は「晴れの国」と言う。なんでも1989年(平成元年)から岡山県のトータルイメージを表現する言葉として、広報活動をはじめ幅広く使っているようだ。
ではなぜ「晴れの国」なのかと言うと、
その1 晴れの日が多い。
その2 温暖な気候。災害が少ない。
その3 美味しいものが多い。
その4 自然がいっぱい。 が理由だと言われている。 “紀行・岡山の旅《穏やかな海と深い山地》片山通夫” の続きを読む

露地とは「茶室と露地は一体となって、茶の湯の空間を構成。単に茶室への通路というだけでなく、世俗を断ち、心身を清めて茶室に入るための精神的な準備場所として重要な役割を果たす」とある。 “取材手帖・路地を撮る《佐渡宿根木001》片山通夫” の続きを読む
「ネムリ神」

丹波篠山には、いわれ不明の正月神事が今に伝わる。
同市の上板井と言う郷では天満神社では大晦日から元日にかけて行われる神事で、不思議な神が登場する。木の板に「過去と現在の男女が描かれた板」が登場する。その板は境内のご神木などに置かれる。地元に人に聞いてみても「意味わからへんけどずっと続いている」と言うばかりである。研究者でさえ、「いわれは不明。ある意味『奇祭』」という謎っぷりだ。「意味は分からないまま、脈々と受け継がれている風習。みなさんの身近にもあるのでは?」とのこと。
(この項丹波新聞 https://x.gd/h6Zj0 )(続く)
「首塚」
老いの坂峠には「酒呑童子の首塚」がある。不浄な鬼の首を都に持ち込むことを拒まれた源頼光はここにその首を埋めた。考えてみれば、京都は平安の昔から妖怪変化の巣窟だった。化野は葬送の地で風葬の地だった。 “丹波紀行《鬼が行く道 003》片山通夫” の続きを読む
「丹波国」
丹波には京の都に出没する鬼が棲むという。都の西には化野があり、その西側の老いの坂峠を越えて亀岡に入るとそこは丹波の国。化野(あだしの、仇野、徒野とも)は、京都の嵯峨野の奥にある小倉山の麓の野。 “丹波紀行《鬼が行く道 002》片山通夫” の続きを読む