連載コラム・日本の島できごと事典 その186《島四国》渡辺幸重

小豆島八十八カ所霊場マップ(「小豆島八十八カ所めぐり」サイトより)

弘法大師・空海とともに歩くという意味の「同行二人(どうぎょうににん)」という言葉を白衣や金剛杖、菅笠などに記して四国全体に存在する霊場をお詣りする「四国八十八カ所巡り」(四国遍路)は有名ですが、四国までが遠いとか広い四国を回るのは時間がかかりすぎるというので全国各地に四国よりも小規模の八十八カ所が数多く存在します。それは「地四国(ちしこく)」と呼ばれています。そのほか「お四国さん」「新四国」「准四国」「ミニ四国」「写し四国」などとも呼ばれます。そのなかで島にある地四国が「島四国」で、島での巡礼を「島遍路」と言います。島四国は小豆島(香川県)や粟島(同)、伊吹島(同)、大島(愛媛県)、淡路島(兵庫県)など瀬戸内海に浮かぶ島々を中心に全国の島々に分布しています。

島四国のなかでもっとも有名なのが「小豆島(しょうどしま)八十八カ所」です。全国の地四国は単に四国八十八ヶ所を模した“写し”ですが、小豆島は弘法大師の修行場所で四国から京都への行き帰りに立ち寄った場所ともいわれ、地四国でもっとも古いものとして特別視されています。そのため四国八十八カ所の「本四国」に対して「元四国」とも呼ばれます。小豆島八十八カ所は知多四国八十八ヶ所(愛知県)、篠栗(ささぐり)四国八十八ヶ所(福岡県)とともに「日本三大新四国霊場」に数えられています。

小豆島遍路がいつごろ始まったかははっきりしませんが1686(貞享3)年の記録があり、江戸の初期には霊場が整備されたといわれます。全行程は四国の約1,200kmに対して小豆島は約150km、歩くと四国は1ヶ月半かかるのに対して小豆島は約1週間で94カ所の札所があります。札所の数が88霊場より多いのは、最初にお詣りする“初打ち”の霊場会総本院と番外の藤原寺が加わるほか4カ所の霊場で奥の院が札所として数えられているからです。
小豆島八十八カ所の特徴は切り立った崖や洞窟にお堂があるなど修行の場にふさわしい厳しい自然に囲まれ、瀬戸内国立公園内の多島美を望みながら巡ることができることで、年間数万人を超えるお遍路さんが訪れています。

村上水軍の本拠地として有名な芸予諸島・大島(伊予大島:愛媛県今治市)にも島四国があります。大島の島四国は1807(文化4)年に島の医師など3人によって開創されましたが、多くの巡拝者を見た今治藩が10ヶ月後に「衆人を騒がせたる段、不届き」として島四国霊場を禁止し、開創の3人を3年の流罪や謹慎処分にした弾圧の歴史を持っています。数年後には自由に巡拝できるようになり、いまでは毎年の「島四国の日(遍路市の縁日)」に遍路姿の人々が多数訪れ、住民の“お接待”を受けています。

 

図:小豆島八十八カ所霊場マップ(「小豆島八十八カ所めぐり」サイトより)
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