追跡「サハリンの冬/008」

ソ連時代のサハリン

バザールで働くロシア人

サハリン残留朝鮮人たちは「同じ日本人だったのにどうして自分たちは祖国に帰れないのだ?」と常に疑問に思っていた。ソ連は彼らにソ連の国籍(ロシアの国籍)を取るようにすすめたことは言うまでもない。しかし大半のサハリン残留朝鮮人たちは無国籍でいた。
理由は簡単である。韓国に帰る(帰れる)時、ソ連人だと不利になる。何しろ朝鮮は南北に分かれて戦争もした(朝鮮戦争1950年6月25日~1953年7月27日)。
ある意味彼らは巧妙に立ち回ったつもりだった。しかしそうは問屋が降ろさなかった。ソ連には名だたるKGB(旧ソ連に存在した諜報機関であり秘密警察で、ソ連国家の維持、対外諜報、防諜、国境警備などを担い、冷戦下で絶大な権力を持った組織)があった。KGBは無国籍の朝鮮人たちを監視しだした。ユジノサハリンスクで目立って立派な建物はこのKGBとソ連共産党の建物だ。
ある時朝鮮人一家が「祖国へ帰せ」と町で示威運動をした。KGBは直ちに彼らを「北朝鮮に」返した。当然のことながら今も彼らの消息は不明であると彼らのサハリンに残った家族が筆者のインタビューに話している。