
日本の敗戦と朝鮮人虐殺事件


1945年8月、日本は戦争に負けたと伝えられた。炭鉱で働いていた朝鮮人たちもそのニュースを聞いて喜んだ。1945年8月20日から8月23日にかけて南樺太の真岡市東方40kmにある真岡郡清水村瑞穂 (ホルムスク市パジャルスコエ)では朝鮮人虐殺事件が起こっていた。瑞穂村朝鮮人虐殺事件である。ロシアに残る資料によると、日本人たちは、呼び出した一人の朝鮮人をまず惨殺し、さらに朝鮮人を皆殺しにする計画を立て、翌日、三人を殺害し、ますます凶暴になって、朝鮮人が住む住居を襲った。日本人の細川博が後のソ連軍の裁判で行った証言記録によると、逃げて出てきた朝鮮人をサーベルでたたき切り、仲間とともに女子供・高齢者も同じように殺した。こうして朝鮮人27人が虐殺された。