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【609 Studio】email newsletter 2025年8月12日 #1219
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◆現代時評《昭和天皇が退位しなかった戦後》井上脩身
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毎日のようにラインで近況を知らせてくる旧知の友人の報告のなかに、数年
前から「天皇陛下バンザイ」の書き込みが頻発するようになった。「天皇陛下
バンザイ」という強い響きは、わたしには「名誉の戦死」とかさなり、80年
前のあの重苦しい戦争のイメージがつきまとう。天皇主権の国から、戦後、国
民主権の国になり、天皇自身「戦争勝利の神」から「平和をねがう象徴」に変
わったはずだ。この20年あまり、わが国の右傾化が目立ちだしたが、気の合
う友まで天皇崇拝者になったことにショックをうけ、このままでは戦前のよう
な国になってしまうのでは、とおそれおののいた。その懸念が戦後80年のこ
とし、現実化した。「天皇は国をしらす」と唱える参政党が躍進したのである。
なぜこのようなことになったのか。現人神から象徴へと天皇制が変更されたに
もかかわらず、昭和天皇が退位しなかったことにその一因がある、とわたしは
思う。戦後、この国は生まれ変わるため新たな憲法を制定した。その公布は新
しい天皇の名でなされるべきであった。
日本語学級での差別
私事であるが、1977年、わたしが勤めていた新聞社が「教育を追う」シ
リーズを企画、その取材班に一時期わたしも組み込まれた。わたしたちに与え
られたテーマは「国際化の中で」。取材班で議論して浮かび上がったのが、グ
ローバル化のなかでの日本人の排他性であった。欧米人には腰を低くして取り
入れられようとする一方で、アジアの人たちに対する上から目線。こうした日
本人の体質がさまざまな問題を引き起こしているのではないか。といった視点
で取材に取り組むことになった。
わたしは東京・江戸川区立中学校の日本語学級を取材先に選んだ。中国や韓
国から引き揚げてきた子どものために設けられたこの学級の全員が「非行少
年」のレッテルをはられ、PTAの間から「日本語学級排斥運動」が起こった
というのであった。レッテルをはられたひとりは韓国からの引き揚げ者の子ど
ものM君。1、2年生のときは比較的まじめに勉強していたが、3年生になる
と突然、ダブダブのズボンをはいて登校するようになった。教師が注意すると
「てめえ……」とわめき散らし、授業中もふざけるようになった。半年後、学
校から「自宅謹慎」が命じられた。PTAからの突き上げがあったとおもわれ、
M君は卒業まで学校に出られなかった。
M君に何度か会い、ようやく重い口を開いた。「悪かったとおもってる。でも、
何かが起こると、先生は『お前らがやったんだろう』とぼくらのせいにする」。
そしてこう打ち明けた。「みんながぼくのほうをジロジロみて『チョーセン人、
チョーセン人』とバカにする」。M君の父親は韓国人。戦争中、旧日本軍の軍
属として鹿児島で働いているうち日本人女性と知り合い、韓国で結婚、そのま
ま終戦を迎えた。M君は友だちから「ニホン人」とののしられ、「オモニ
(母)の国に行けばしあわせになれる」と夢をみた。そのオモニの国で差別を
受けたのだった。
同学級には山形県から中国北東部の旧満州の開拓村に渡った父親一家が日本に
引き揚げるさい、現地にとり残された子どもの娘(父親の孫)らもいて、戦前
の日本の中国、朝鮮侵略政策の後始末的教育現場であった。中国・朝鮮を見く
だした戦前の植民地政策のもとで彼らの祖父母は外地生活を送り、その孫が戦
後、引き揚げてきた日本で差別を受ける現実。わたしは声をうしなった。憲法
は変わったのに日本人の差別意識はなんら変わっていないのだ。彼ら親子三代
は相も変わらず昭和天皇の時代である。戦争が終わったとき、天皇は退位すべ
きでなかったか。とわたしは疑問に思ったのであった。
新憲法を昭和天皇が公布
ノンフィクション作家・保阪正康氏の『仮説の昭和史』(毎日新聞出版)によ
ると、昭和天皇は3回、退位を漏らしたという。1回目は終戦直後の1945
年8月下旬、木戸幸一内大臣に打ち明けた。2回目は極東国際軍事裁判(東京
裁判)の判決の日である1948年11月12日、側近にその意向をつたえた。
3回目はサンフランシスコ講和会議を終えた1951年9月、周辺に告げた。
保阪氏は「昭和天皇は太平洋戦争に強い自省の念をもっていた」とみる。だが、
結局退位することはなかった。その理由について、政治学者の加藤陽子氏は、
GHQのお目付け役だったジョージ・アチソン政治顧問が「天皇を退位させる
べきでない」と提言したことを挙げる(『天皇の歴史8 昭和天皇と戦争の世
紀』(講談社学術文庫)。アメリカは占領政策を混乱なく行うために、天皇を
戦争犯罪人として訴追しない方針を立てており、そのためには退位はまずいと
判断したのだ。
以上見た通り、天皇は自らの戦争責任として退位をおもい、アメリカは戦争責
任をとらせないために退位を認めなかったのである。
明治憲法下において、天皇には「陸海軍を統帥」(大日本帝国憲法第11条)
し、「戦を宣す」(同第13条)権限がある。実際、対米英宣戦布告は天皇の
詔書によってなされており、昭和天皇に戦争責任があるのは明らかであろう。
それが政治的事情によって「ない」ことにする是非についてはここでは掘り下
げない。むしろ問題は新憲法を昭和天皇の名によって公布したことの是非であ
る。
日本国憲法は1946年11月3日に公布された。この新憲法は国民主権、平
和主義、国際協調主義を基調とし、基本的人権の享有を強く打ち出した。「万
世一系の天皇が統治する」とした明治憲法のもと、侵略主義にはしり、軍部の
暴走をまねいて戦争国家になったことを反省し、天皇尊崇の国から個人を尊重
する国へと生まれ変わることを示したのである。こうした観点にたって、天皇
の存在意義について、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であ
って、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」(第1条)とうた
いあげたのであった。
「象徴」という言葉を言いだしたのはGHQ民政局次長のケイディスだったと
いう(『昭和天皇と戦争の世紀』)。新渡戸稲造の著作『日本 その問題と発
展の諸局面』のなかに「天皇は、国民の代表であり、国民統合の象徴」とある。
これがケイディスに影響を与えたかどうかは定かでない。それはともかく、
「象徴」の具体的な内容について憲法に規定がないことから、前文から解釈す
るしかない。前文は平和主義、国際協調主義を掲げている。よって、天皇が象
徴としてとるべき道は、平和と国際協調のために国民に率先垂範することなの
である。いうまでもなく、明治憲法下の天皇の任務が陸海軍の統帥であったこ
ととは真反対である。
重ねて述べるが、天皇が象徴であることは、戦前の侵略国家の軍事統帥者から
の決別である。したがって、新憲法は新たな天皇の名で公布されねばならない。
にもかかわらず、昭和天皇は自らの名で公布したのである。前掲の『昭和天皇
と戦争の世紀』によると、木戸内大臣は新憲法について「天皇はいかなる程度
に改正すべきか研究されていた」と『日記に関する覚書』に記している。昭和
天皇は自らを象徴にしようとは考えてもみなかったであろう。象徴であること
の意味を正しく認識していたなら、「古い時代の自分は出る幕でない」と考え
たはずである。
参政党の憲法草案
昭和天皇が退位しなかったため、昭和時代は戦後も40年近く経過した198
9(昭和64)年までつづいた。1960年ころから経済が高度に成長、19
64年の東京オリンピック、1970年の大阪万博を経て、「ジャパン・ア
ズ・ナンバー1」といわれるほどに我が世の春を謳歌した。一方、天皇家にあ
っては、皇太子(のちの平成天皇、現上皇)のご成婚でミッチーブームがわき
あがり、皇室と国民との距離が近づいたような空気感のなか、「これが象徴の
すがた」とおもった人は少なくなかった。実際、平成天皇として即位すると、
「わたしは日本国憲法を守る」と即位のおことばで表したとおり、沖縄など多
くの人が犠牲になった激戦地跡をたずねまわった。「平和をねがう象徴」とし
ての役割を自覚しているようであった。
2019年に即位した令和の天皇は即位のおことばで「憲法にのっとり」と表
し、「日本国憲法を守る」との表現を避けた。わたしは「憲法改正」を政治課
題にしていた当時の安倍晋三首相の示唆があったのではと疑っているが、その
安倍氏をはじめ自民党の右派たちも、「象徴天皇は維持」としていた。新年の
一般参賀で、日の丸の小旗を振って「天皇陛下バンザイ」と叫ぶ人が目につき
だしたが、改憲派も護憲派も、天皇が象徴であることはいわば常識であった。
その常識が打ち破られたのがことし2025年の参院選である。「日本人フ
ァースト」をスローガンに掲げた参政党が改選前の2議席から14議席にと大
躍進したのである。とくに比例代表では7、425、053票と自民、国民民
主に次ぐ大量票を獲得、立憲民主を上回った。創価学会をックにする公明より
220万票も多いこの選挙結果をどう考えるべきであろうか。日本人がファー
ストということは、日本人でない人はナンバー2、3、4いやもっと下という
ことであろう。半世紀前の、日本語学級の子どもたちが「チョーセン」と差
別されたことを本稿でふれたが、その差別意識と排他性が公然と大手をふりだ
したのである。問題はそれだけにとどまらない。同党がネットで公開している
「参政党が創る新日本憲法(構想案)」を目にしてわたしは慄然とした。
同党の憲法草案は前文と33条の条文から成る。
前文で「天皇はいにしえより国をしらすこと悠久であり国民を慈しみ、その安
寧と幸せを祈り、国民もまた天皇を敬慕し、国全体が家族のように助け合って
暮らす。これが今もつづく日本の國體である」とする。「國體」と旧字体を使
っている点に、国体への強いこだわりがうかがえる。「しらす」は漢字で書け
ば「治す」。国を統治するという意味である。『日本書紀』に出ている言葉と
いう。明治憲法の「統治権を総攬」に近い意味合いであろう。
第1条(天皇)日本は天皇のしらす君民一体の国家であって、天皇は国の伝
統の祭祀を主宰し、国民を統合する。
第5条(国民)国民の要件は、父または母が日本人であり、日本語を母国語と
し、日本を大切にする心を有することを基準として法律で定める。
以上でわかるように、憲法草案は天皇を主権者とした戦前への復古を示してい
るが、驚くのは「日本を大切にする心」を国民の要件にしている点である。好
き、嫌い、神を信じる、信じないといったひとの心の内に政治は入りこむべき
でなく、明治憲法にもこのような規定はない。これが国民要件とされれば、日本を大切にしているかどうかを、政治家や役人の裁量で判断されることになる。
憲法草案に言論の自由や信仰の自由が記されてないことを併せ考えると、国に
一切の批判が許されない、いや心の中ですら思うことが許されない恐怖国家に
なりかねないのである。
参政党の勢いは当面止まらないであろう。もし憲法草案どおりに突き進めば、
「天皇がおわします優越民族」である日本人が「劣等民族」を排撃することも
予想される。もしそうなれば、アジアの国々との衝突は避けられず、アジア・
太平洋戦争の二の舞いとなろう。その誤りを起こさないため「象徴」という地
位に変えたのだ。だが、310万人もの日本人が犠牲になったことを忘れてし
まった国民が増えているということであろうか。
「天皇陛下バンザイ」とラインに書き込んだ友人は、新年の神社参拝を欠かさ
ない。日本人としては普通の習慣である。農耕民族である日本人の精神風土に
天皇が宿っていることもまぎれもない事実である。だが、国際化がすすむなか、
さまざまな思いを持つ人々が多くなり、天皇観も人それぞれである。「象徴」
は、それをふんわりと包みこむような多様性に富んでいる。だからこそ、天皇
は世界のどの国でも親しみをもって迎えられるのだ。その「象徴天皇」を「戦
前型天皇」に戻せば、日本の信頼は大きく損なわれ、これまでの努力を吹き消
してしまう。もしそうなれば、島国の日本は国際的に孤立するハメになる。
これまで縷々述べたように、昭和天皇が退位しなかったことで、「象徴」があ
いまいになり、「戦前復古」を許すことにつながった。退位して皇太子に譲る
べきであったのである。
わたしはいま80歳である。ほとんど戦後とともに生きてきた。「天皇陛下バ
ンザイ」と唱えなければ非国民にされるような時代にわたしは生きたくはない。
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◆今週のTOPIX
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[地震]
〔気象庁地震情報〕
https://www.data.jma.go.jp/multi/quake/index.html?lang=jp
〔トピックス〕
*田中真紀子、怒りの一言 (FBより)
「答弁は差し控えさせていただきます」と逃げる政治家たちに――
田中真紀子氏はこう言い放った。
「差し控えるって、やましいからでしょ」
「だったら国会議員になるのを差し控えた方がいい!」
黙ることで責任を逃れる政治家。
私たちは、そんな“都合の悪い時だけ無言”の政治に慣れてはいけない。
政治は言葉。
説明できない政治家に、日本を任せられますか?
国を守る議員が逃げる言葉に使う。
都合がいい。
そんな議員はいらない。
みんなで行きましょう選挙に!
*戦後80年見解に反対 日本会議「地位の乱用」
保守系団体「日本会議」は7日、終戦記念日に向けて谷口智彦会長名の声明を
出し、石破茂首相が意欲を示す戦後80年の「見解」公表に反対する立場を表
明した。自民党の選挙連敗の責任に触れ、「この上歴史に自説を刻もうとは地
位の乱用だ」と強調した。 MORE
https://www.jiji.com/jc/article?k=2025080700833&g=pol
*政権維持、探る石破首相 関税・80年見解に意欲―野党、自民内政局見定
め https://www.jiji.com/jc/article?k=2025080400876&g=cyr
*反日左翼とは、主に統一教会の反共思想を受け継ぐ者が、聞く人に対し #印
象操作 を行うために使う言葉である日本国や日本国民を犠牲にしても守りた
い物を持っている政治家ほど反共を声高に叫び、保守を標榜し愛国を謡う。
#反日左翼 とは似非愛国者の吹く犬笛である。
犬笛に集まる者こそ反日である。
https://x.com/Yayoi_GoGo
*「夫の尊厳を守りたい」立花氏を刑事告訴 元兵庫県議の妻、会見で涙
https://x.gd/t5wEB
*なぜ密室で開いた?自民党の両院議員総会 透明性を示す絶好のチャンスで
は…モヤモヤ残した時代遅れの光景
https://www.tokyo-np.co.jp/article/427395
*ファクトチェックにトランプ氏「検閲だ」…SNS大手ら相次ぎ停止、放置
される陰謀論など偽情報
https://www.yomiuri.co.jp/economy/20250808-OYT1T50193/#google_vignette
【SDGs】
〔解説〕Sustainable Development Goals (SDGs)
直訳すると「持続可能な開発目標」。地球環境を守りつつ、社会の繁栄を推進するために世界を変えようという運動の骨子となるものです。17の分野の目標から構成され、2030年までの達成を目指し、2015年9月の国連のサミットで全会一致で採択されました。
貧困や飢餓、気候変動への対応、公正な社会の実現などに向けて、すべての人に行動することを求めています。それぞれの分野は独立しているわけではなく、関連しています。この目標達成に向けて努力するにあたり、国連は「誰一人として取り残さない」ことを掲げています。(AFP News)
https://www.afpbb.com/feature/sdgs/top?utm_source=specialfeature
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【出版案内】
片山通夫写真集 ”ONCE UPON a TIME”
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60年代から撮り続けたドキュメンタリー220点あまりを収録した写真集。1960
年代のキューバ、「北送」と呼ばれた在日朝鮮人の祖国帰還の新潟港。ベイ
ルートの重信房子、ブルガリア、チェコ、ルーマニアなど東欧諸国の民主化や
廃墟となったチョルノブイリ、作者のライフワークとなったサハリンの戦後問
題。そして時代を映す日本の折々の風景をモノクロームで描いた作品集。
オンデマンド印刷。
全286頁。モノクローム写真239点を収録。
発行 publishing house Lapiz
本体価格 5000円(税込)+送料(600円)
お問合せ・ご注文はメールで。
michiokatayama*gmail.com *→@に変えてください。
お名前、電話番号、郵送先など連絡先をお忘れなく。
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◇編集長から:片山通夫
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嘆かわしい事態になった。自民党の石破おろし。ほくそ笑んでいるのは、裏
金議員とそれに群がる自薦・他薦?の次期総裁候補。そういえば麻生氏は高市
氏の総裁と参政党との連携だとか言ったとか言わなかったとか。
事実ならまさに老害。
もう少し綺麗に生きようよ。
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【609 Studio】email newsletter
発行日 2025年8月12日 #1219
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