追跡「サハリンの冬・004」

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たこ部屋暮らし

樺太に連れてこられた朝鮮人のほとんどは着の身着のままだったという。野良仕事している最中にトラックに乗せられたのだから当然のことだった。本州と北海道の間の津軽海峡を越えるころには日本人が寒さ除けの着るものを配ってくれた。そして西柵丹(現トゥマノヴォ)沖に船は停泊した。港がなかったので艀にに乗り換えて上陸した。炭鉱で石炭を掘る仕事だと言われて驚いたことを覚えているとある男は述懐した。
日本語も十分わからないままだった。
逃げるといけないといって15人程度が一団となり粗末な家に放り込まれた。
逃げたりさぼったりすると容赦なく殴られる。外は朝鮮では経験したこともない寒さだ。とても逃げる気にもならなかった。
ある時一人の仲間が逃げ出した。たちまち警察に捕まっていやという程殴られたらしい。それ以後誰も逃げる気にもならなかったという。