~台湾有事発言にみる高市政権の危うさ~
高市早苗首相の「台湾有事発言」に端を発した日中間の亀裂は深まる一方である。世論調査では国民の7割が「発言の撤回は不要」と、高市氏の強硬姿勢を後押ししており、2026年は日中対立の年になる可能性が高い。国民の多くは、台湾海峡に一朝事があれば集団的自衛権を行使できると理解し、高市氏を支持しているのであろう。ところが、集団的自衛権を行使できるケースがほとんどないことを『検証 安保法制10年目の真相』(朝日新書)を読んで知った。同書は安保法制に関する仙台高裁判決を取り上げたもので、裁判長は「(集団的自衛権を行使できるという)状況は想定しにくい」との見解を示しているのだ。高市氏にとって、国を守るための伝家の宝刀の集団的自衛権だが、実は、鞘からぬきようのない幻の刀というわけだ。高市氏は「強い国にする」という。それも幻か? 高市首相。支持率は高いが、どこか危うい。
高市発言を検討する前に、集団的自衛権問題をおさらいしておこう。安倍晋三政権が集団的自衛権の行使を容認する閣議決定をしたのは2014年7月。それまで政府は、「他国に加えられた武力攻撃を内容とする集団的自衛権の行使は憲法上許されない」との立場を貫いてきた。安倍政権はその基本姿勢を国会に諮ることもなく180度変更。①我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追及の権利が根柢から覆される明白な危険がある場合において②これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに③必要最小限の実力行使すること――の3条件があれば集団的自衛権は行使できる、とした。
安倍氏は「極めて限定的に集団的に自衛権を行使できることにした」と限定的であることを強調したが、「集団的自衛権の行使に断固反対」(2013年7月、参院選)とする連立を組む公明党を説得するための「限定行使」であったことはまぎれもない。
以上の限定条件をもとに、2015年9月、安全保障関連法が成立。そのなかで、他国に対する攻撃についての条件が満たされた場合、「存立危機事態」として、集団的自衛権を行使できるとした。これをひと言でいうならば「集団的自衛権の厳格限定行使」である。
限定行使という条件を付与した安倍氏だが、国会で「ホルムズ海峡が機雷で封鎖されれば存立危機事態」と発言。公明党の山口那津男代表(当時)が「そんなことが存立危機事態であるはずがない」と述べたことにみられるように、安倍氏の本心が全面行使であることは明白であった。こうした安倍氏の姿勢に影響されたからであろう。限定行使であることがぼやけて、「台湾海峡が封鎖されれば即存立危機」などと、あたかも全面行使が許されるかのごとき発言がみられるようになった。
安倍氏の本心がなんであれ、限定行使という条件を無視することは許されない。この条件に鋭いメスを入れたのが2023年12月5日の仙台高裁の判決である。
裁判は、「安保法制は違憲」として福島市民ら170人が提訴したもので、仙台高裁の小林久起裁判長は判決で「集団的自衛権の行使の違憲性が明白であるとは断定できない」として控訴棄却。原告側の敗訴であったが、弁護団が注目したのが、小林裁判長が示した以下の見解である。
小林裁判長は「集団的自衛権の行使が、日本が武力攻撃を受けた場合と同様な深刻、重大な被害が及ぶことが明らかな状況が、客観的、合理的に判断して認められる場合以外に行われれば、違憲であることを意味している」として、条件に反して集団的自衛権が行使されれば憲法違反になると判断。そのうえで、「他国への武力攻撃によって、日本が武力攻撃を受けた場合と同様な深刻、重大な被害が及ぶことが明らかな状況は、現実には想定しにくい」と判示した。憲法違反にならない集団的自衛権の行使はほとんど考えられないというのだ。言い換えれば、集団的自衛権の行使はごく例外を除いて憲法違反、しかもごく例外的ケースは想定しがたいということである。判決は、外形は原告敗訴だが、実質的には原告側に軍配を上げたのである。
『検証 安保法制10年目の真相』は長谷部恭男・早稲田大学教授ら3人が対談した内容をまとめたものだが、その一人、棚橋桂介弁護士は「集団的自衛権の行使は0%になる」と判決を評価した。
以上を踏まえて高市発言を見てみよう。高市首相は2025年11月7日の衆院予算委員会で、立憲民主党の岡田克也委員(党外交・安全保障総合調査会長)の有事についての質問に「台湾を完全に中国北京政府の支配下に置くようなことのためにどういう手段を使うか。それは単なるシーレーンの封鎖であるかもしれないし、武力行使であるかもしれない」などと述べたうえで「それが戦艦を使って、そして武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースであると考える」と答えた。
すでに述べたように「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追及の権利が根柢から覆される明白な危険がある場合」が、集団的自衛権行使の要件としての存立危機事態である。高市氏は論の前提として「台湾を完全に中国北京政府の支配下に置く」場合を例に挙げた。この例示によると、攻撃するのは「中国北京政府」、攻められるのは「台湾」である。我が国は日中国交正常化にともない台湾とは断交し、「国」でなく「地域」としている。したがって台湾は「我が国と密接な関係にある他国」に該当せず、したがって台湾と結んでの集団的自衛権を行使できない。ではどの国との間で集団的自衛権関係が生まれるのか。高市発言にそれは表されていない。
常識的に考えれば、「他国」はアメリカであろう。台湾を支配するために、中国軍が与那国島辺りで米軍を攻撃した場合(考えにくいケースだが)を想定してみよう。「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」し「これにより我が国の存立が脅かされる」ことになるかもしれない。だがこれだけでは、「国民の生命、自由及び幸福追及の権利が根柢から覆される明白な危険がある場合」には当たるまい。中国軍の砲撃が与那国島に及べば「明白な危険」になり、「必要最小限の実力行使」をすることになるが、この場合、我が国に危険が及ぶのだから自衛隊は集団的自衛権の行使でなく、個別的自衛権の行使として出動することになる。仙台高裁の判決が言うように、集団的自衛権を行使できる場合は事実上存在しないのだ。高市氏は行使できない集団的自衛権を行使できるという前提のもとに発言したのである。
高市氏の思いは限定行使でなく、条件のない全面行使なのであろう。高市氏が「中国北京政府」と述べたことがその証左だ。普通だれでも中国の政府を「中国政府」と呼ぶ。だが高市氏にとって習近平主席が治める政府は「中国北京政府」。ほかに「中国台湾政府」もあると言外に示したとみられてもやむをえまい。1972年の日中国交正常化に際し、「台湾は中国の領土の一部」という中国の立場を日本政府は「理解」し「尊重」した。高市発言は日本政府の姿勢を逸脱しただけにとどまらず、集団的自衛権の行使として台湾軍の支援行動に道を開く可能性をもうかがわせたのである。
中国が海洋進出を図るなか、尖閣諸島問題などとも絡んで、日中間に軍事的危険性が潜んでいるのは確かである。高市氏が「台湾に事が起きれば自衛隊を出す」とこぶしを振り上げれば、右傾化した国民から拍手喝采され、結果として支持率の高さにつながっている。だが、高市氏の姿勢が中国との軍事衝突につながる恐れが大きくなることも確かである。すでにみてきたように、集団的自衛権は限定行使しかできない。安倍氏が、真意は別としても、その決断をしたときから、政府は外交に全力を挙げるべき責務を負っていた。安倍氏を尊敬する高市氏である。その責務を放棄することは許されない。閉ざされかけている中国外交に道筋をつけることができるのか。高市政権の2026年の最大の課題であろう。軍事力をいかに増強させたところで、外交力が弱ければ、決して「強い国」とはいえないのである。