Once Upon a Time 外伝”一端の友好協会会員になったボク ”片山通夫

キューバの国旗

今から考えると本当に無謀だったが、ボクは時折東京へ行った。知った人もいなく、ただテレビやラジオ、それに新聞や雑誌という情報が得られるモノを図書館などで読み漁って東京へ行った。経済的に苦しかった。だから長くは東京におられなかった。ある日カストロやゲバラなどの名前にぶち当たった。なんでもカリブ海に浮かぶ小さな島でマイアミの近くだと知った。カストロやゲバラが当時のバチスタ政権を倒して革命を起こしたのがたった10年ほど前だとか…。若い国には若いだけ無茶が通る可能性が高い。その点成熟した国は持っているシステムにがんじがらめになって融通は利かなさそう。
ボクは日本キューバ友好協会という親睦を目的とする団体の末席を汚して東京にあるキューバ大使館に事あるごとに出入りした。いっぱしの友好協会会員になったわけだ。

Once Upon a Time 外伝 ”退路を断つ ”片山通夫

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けど結局ボクはフーテンにもなれなかったと思う。某広告代理店を紹介してくれた人とはその後交流はなくなり、いよいよ退路を断ってしまったわけだ。そりゃあ心細かった。かっこなんて決して良くはない。寅さんの妹、さくらの心配もよくわかる気がする。しかし大抵の人がそうだと思うが”退路を断つ”と火事場のバカ力よろしく、無い頭をフル回転させて次の手を考える。自分でいうのもなんだが、行動も早かった。最近のCMじゃないけど”そうだ、外国へ行こう”と決めた。ところが外国と言っても何処へ行けばいいのか?
そんな頃、世の中は騒然としていた。1970年の少し前のことだ。まだ60年安保の余波で次の70年安保がくすぶりだしていた。
安保闘争に関してはこちら

Once Upon a Time 外伝 ”ボクは…フーテンだった。 ”片山通夫

フーテン族?
フーテン

モノクロームに目覚めたのにはわけがあった。忘れもしない1969年冬のことだった。ボクはそのころ進路に悩んでいた。結局踏ん切りがつかないでウロウロと、今でいうフリーターのようなことをしていた。 “Once Upon a Time 外伝 ”ボクは…フーテンだった。 ”片山通夫” の続きを読む

Once Upon a Time 外伝 ”35mmという選択 ”片山通夫

こんなレンズだった。今はもう持っていない。

レオタックスを買ったのはいいけれど、レンズを選ぶのに一苦労。このタイプのカメラは長焦点レンズは使うのが難しい。それで通常は標準レンズとなる。ファインダーも50mmになっている。しかしワイドレンズの方が使いやすいし、それが目的で買った。つまりスナップには35mm、f2というレンズが最強だとボクは思っている(今もそうだ)。
それでそんなレンズを探し求めた。ライカのコピーなのでレンズマウントはライカLマウント。あのスクリューマウント。ものすごく数がある。ニッコール、キャノン、トプコ‐ル、Jupiter、ロッコール、Fujinon、ヘキサノン、セレナー・・・・

ワルツ製ファインダー 28ミリ~135mmまで6段階の可変。

ボクは使ったことのないレンズを選ぶときは価格の安いレンズを選ぶ。選ぶのに失敗しても諦めがつく。しかしあきらめるということはなかった。日本の製品は、レンズはボクにとっては上等だった。けど35ミリレンズだと別途外付のファインダーがいる。今のようにインターネットで探すというわけにはゆかない時代。結局ボクは中古カメラの販売店を回って。