
さて「サハリン残留韓人」という呼び名に関して少し説明しておきたい。ソ連邦が崩壊し、ロシアがそのあとを継いでサハリンに住む朝鮮人たちにも春がやってきた。それまでは「朝鮮人」といえば北朝鮮人を指した。しかし「樺太の朝鮮人」たちは「元日本人」であり、韓国南部出身者が大半だった。ご承知のように、ソ連体制下では、韓国は「アメリカの傀儡政権」が支配する「南朝鮮」という位置づけだった。だから決して優遇されていたわけではない。いやそれどころか冷遇されていた。 “追跡「サハリンの冬・002」” の続きを読む
片山通夫公式サイト 写真:片山通夫

さて「サハリン残留韓人」という呼び名に関して少し説明しておきたい。ソ連邦が崩壊し、ロシアがそのあとを継いでサハリンに住む朝鮮人たちにも春がやってきた。それまでは「朝鮮人」といえば北朝鮮人を指した。しかし「樺太の朝鮮人」たちは「元日本人」であり、韓国南部出身者が大半だった。ご承知のように、ソ連体制下では、韓国は「アメリカの傀儡政権」が支配する「南朝鮮」という位置づけだった。だから決して優遇されていたわけではない。いやそれどころか冷遇されていた。 “追跡「サハリンの冬・002」” の続きを読む

島では食料生産や生活インフラに限界があることから島内の戸数を制限してきた島があります。静岡県の熱海港沖、相模湾に浮かぶ初島もその一つで、江戸時代から現在まで耕作地や水源、漁獲を島民で均等に分け合う共同体的生活が営まれるようになり、40戸前後の戸数が維持されてきました。「次男以降は島を出て、跡取りがいない家は婿養子をとる」という不文律が脈々と守られてきたのです。 “連載コラム・日本の島できごと事典 その160《戸数制限》渡辺幸重” の続きを読む