現代時評《軍事費増強による戦争誘発の恐怖》井上脩身

政府は12月16日、「国家安全保障戦略」など安保関連3文書を改定、閣議決定した。このなかで、相手国のミサイル発射拠点などをたたく反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有を明記し、2027年度に防衛費をGDP比2%に増額する方針を掲げた。これによって同年度までの5年間で防衛費が43兆円と現行の1・57倍に膨れ上がり、法人税、たばこ税、復興特別所得税を増税する。敵基地攻撃能力はその文言から明らかなように仮想敵国を想定し、相手国基地をミサイルで襲撃しようというもので、専守防衛の範囲を逸脱した明白に憲法に反する軍事行動である。わが国は、平和憲法の精神をかなぐり捨て、軍拡競争に突入することになった。今回の安保戦略では、最大の焦点である敵基地攻撃能力について、「攻撃を防ぐのにやむを得ない必要最小限の自衛の措置」と位置づけた。そのうえで北朝鮮や中国を念頭に、「わが国周辺」のミサイル能力が向上しているとし、「相手からの更なる武力攻撃を防ぐために敵基地攻撃能力が必要」と断定。この手段として、3文書のひとつ「防衛力整備計画」のなかで、米国製巡行ミサイル「トマホーク」を配備する方針を盛り込んだ。
「攻撃を防ぐのにやむを得ない」場合について、政府は「侵略国がわが国に武力攻撃に着手したとき」としている。具体的には仮想敵国がミサイル発射準備を終え、まさに発射ボタンを押そうとしたとき、を指すであろう。この段階で、このミサイルがわが国領土内に打ちこもうとしていることを証明できなければ国際法に違反する先制攻撃になる。憲法違反であることは論をまたない。
仮に政府が言うように、許された防衛行動だとしても、2016年2月7日、北朝鮮が発射した弾道ミサイルが約10分後、1600キロ離れた先島諸島上空を通過した例にみられるように、発射の10分前にはわが国が攻撃しなければ、軍事的成果を上ることはできない。相手国が発射準備を万端終えたにもかかわらず、発射までもたもたしてくれねばならならないのだ。
以上述べたように、敵基地攻撃は憲法の上からも、軍事的効果の点からも、まことに危うい軍事行動と言わねばならない。にもかかわらず、2023年度予算で、トマホーク整備に2113億円を計上するなど、政府は膨大なカネを投入しようというのだ。中国の国防予算が2022年度、26兆円と日本の5倍に達しったからにほかならない。「中国の脅威から守る」を錦の御旗に、岸田政権は軍事費拡大路線に踏み込んだ。わが国が軍事費を急増させれば中国もこれに合わせて、国防費を増やすであろう。軍事拡大をめぐる日中チキンレースの始まりである。

北朝鮮が頻繁にミサイル発射をくり返すなか、「軍備増強はわが国を守るため」という政府の言葉を多くの国民が支持している。だが、過去の歴史をひもとくと、事実は逆である。
我が国の国家予算に対する軍事費の割合は1930年、28・5%であった。翌31年、31・2%と3割を突破。この年、柳条湖事件を機に日本軍は満州を占領、15年戦争の始まりとなった。北京郊外の盧溝橋で日本軍と中国軍が衝突、日中戦争が始まった1937年は69%に跳ね上がった。1941年はさらに75・7%に上昇。太平洋戦争に突入した年である。以上、かいつまんで見たように、軍事費増強と戦争拡大は鶏と卵の関係なのである。

東京新聞の12月14日の電子版によると、日中戦争勃発後、貴金属やレコード、写真機への物品特別税、映画館などの娯楽施設に入る際の入場税や遊興飲食税が新設されるなど、増税ラッシュが始まった。太平洋戦争に突入すると、所得税や酒税が増税され、電気ガス税、散髪などに課税される特別行為税といった新税も加わり、あらゆるものの税負担が増した。
今回の軍事費増強にかかわる増税は、さすがに日中戦争勃発後の狂乱増税とはほど遠いが、それでも、日露戦争の戦費調達のために新設されたたばこ税の増税が見込まれており、戦争の影が忍び込んでいることは否定できない。
野党が弱体化しているなか、国民に諮ることもなく突然、降っていわいたように決定される軍事費増強。それは翼賛的政治状況のなか、有無を言わせず軍事拡大路線に突っ走った戦前を彷彿とさせる。日中戦争から始まった15年戦争で我が国は悲劇的末路を迎えた。その歴史を思うと、私はこの国の15年後が心配でならない。