現代時評《国の品格落とす安倍氏の国葬》井上脩身

~チャーチル元英国首相との違いを考察~

9月8日に亡くなったエリザベス女王(写真)の国葬が19日、執り行われた。わが国の天皇をはじめ世界各国の国家元首や首脳約500人が参列して営まれた葬儀は、国葬の名にふさわしい荘厳な趣を醸し出していた。イギリスでは女王以外の国葬は、第2次大戦後では1965年に亡くなったチャーチル元首相だけである。イギリスでは王以外の人物を国葬とする場合、王室と議会の同意が必要だが、わが国では国会の承認を得ないまま、27日に安倍元首相の国葬が行われる。イギリスの例をみるならば、議会に諮ることなく国葬を行い得るのは、安倍氏がチャーチル以上に高く評価される歴史的政治家であると、国民のだれしもが認める場合に限られるであろう。しかし岸田首相がチャーチルの業績を分析し、安倍氏と比較検討した気配は全くない。

1874年生まれのチャーチル(チャーチル首相)は陸軍士官学校を出た軍人。1900年に保守党から立候補して下院議員になり、政界に入った。商務大臣、内相をつとめ、海軍大臣のとき第一次世界大戦が勃発、トルコ軍に敗れて辞職したが、1917年、ロイド=ジョージ(自由党)の連立内閣で軍需相、陸相をつとめた。ロシア革命が起きると、共産主義勢力の拡大に危機感を持ち、再び保守党に転じた。ファシズムが台頭すると、ナチスの脅威を説き、第二次大戦中の1940年、首相に就任。ロンドンがドイツ軍の激しい空爆を受ける中、チャーチルは国民を鼓舞し、空爆に耐えた。1941年、独ソ戦が始まると、ドイツを共通の敵としてチャーチルはソ連と提携、英ソ軍事同盟を成立させた。42年、アメリカとの間で連合国共同宣言を発表、これが戦後、国際連合の結成につながる。44年6月、ノルマンディー上陸作戦を敢行、翌年4月、ドイツが無条件降伏し、ヨーロッパの戦争は終わる。
戦後、総選挙で敗れて下野、46年アメリカ・ミズーリ州で「バルト海からアドリア海までヨーッパ大陸を横切る鉄のカーテンが降ろされた」との「鉄のカーテン演説」を行い、共産主義への対抗姿勢をあらわにした。51年に首相に復帰.第2次チャーチル政権中の52年、エリザベス女王が即位し、53年、女王からガーター勲章を授与された。同年、『第2次世界大戦』でノーベル文学賞を受賞。55年、高齢によって首相を退任。2002年、「100人の最も偉大なイギリス人」アンケートで第1位に選ばれた。
一方の安倍元首相。チャーチル元首相同様、第1次政権でいったん退いた後、再度首相の座についている。岸田首相は国葬にする理由の一つに長期政権であったことを挙げているが、この点についてはチャーチル並みであったことは確かだ。「反共」に徹したことも共通点といえるだろう。
問題は、国際連合という戦後世界の枠組みづくりに寄与したチャーチルに匹敵できる外交上の成果が安倍氏にあったかである。政治学者やマスコミのなかに、2016年に安倍氏が提唱した「自由で開かれたインド太平洋戦略」を「新しい世界秩序となる構想」などと評価する。海洋進出を進める中国に対抗するため、アジアとアフリカの連携を強調するものだが、まだ具体的な成果が上がったとはいえず、評価をするのは時期尚早であろう。安倍氏に最大限甘い点数をつけたとしても、近現代史的に見てチャーチルに匹敵する世界的政治家とまでは評価できないのである。
チャーチルの国葬には世界111カ国から国王4人、女王1人、国家元首5人、総理大臣16人を含む代表者が参列。このなかにアイゼンハワー・元大統領(アメリカ)、シャルル・ドゴール大統領(フランス)の顔もあった。何よりも注目されるのはエリザベス女王が臨席したことだ。一方、安倍氏の国葬には天皇は臨席しない。天皇が出席しない以上、国葬と名ばかりなのである。
それでも国葬という以上、国民の大多数の支持がなければならない。チャーチルの国葬にどの程度の英国民の支持があったかを示す資料はないが、死後37年がたってなお偉大なイギリス人の第1位であったことからみて、多くの人が支持していたに相違ない。実際、死後3日間、国会議事堂内に柩が安置されたが、1月の厳しい寒さのなか、32万人の市民が弔問に訪れ、長い行列ができた。安倍氏については、毎日新聞が9月17、18日に行った世論調査では、国葬の賛成は27%、反対が62%だった。各種世論調査でも反対が過半数を超えており、「国葬にすべきでない」というのが民意なのである。
国によって国葬の基準は異なるが、わが国に皇室がある以上、王室があるイギリスを参考にするのは当然であろう。イギリスでは女王や国王以外に国葬になるのは「際立った功績の人物」に限られ、サッチャー元首相すら国葬にならなかった。国葬にふさわしい人を制限するのは、国の品格にかかわるからなのであろう。安倍氏を「際立った功績の人物」とは、国民の多くが思っていないにもかかわらず国葬にするならば、わが国は品格の劣る国であることを内外に示すことになる。(写真はいずれもインターネットから)