現代時評 《再婚禁止期間廃止の問題点》井上脩身

法務大臣の諮問機関、法制審議会の親子法制部会は2月1日、女性の再婚禁止期間の規程を廃止することなどの民法改正要綱案をまとめた。とくに注目されるのは、「離婚後300日以内に生まれた子も、女性が再婚していれば再婚相手の子と推定」との規定を設ける点で、無国籍の子どもをなくすためとしている。現行民法は1898年に施行されたもので、戦後、憲法が制定されてからも家父長制度的な規定は温存されてきた。今回の答申はその壁に風穴を開けるという意味では意義は大きい。しかし、再婚しないで子が生まれた場合に対する配慮は十分でなく、保守的な家族観が根強く息づいていることをうかがわせる内容となった。

私は大学1年生のときに民法の親族法をならった。56年も前なのでほとんど覚えていないが、「再婚禁止違反婚」という言葉だけはいまもくっきりと記憶している。当時、北欧では再婚禁止期間制度を廃止する動きがでていたらしく、教授は「日本は家父長制度が頑として残っている」と話していた。
当時の民法には「女性は離婚から6カ月後でなければ再婚できない」(第733条)と規定されていた。この6カ月が再婚禁止期間である。この規定が設けられたのは、「婚姻成立の200日後、または離婚から300日以内に生まれた子は婚姻中に懐胎したと推定する」(第772条2項)の規程があるからである。再婚後に生まれた子を再婚した夫の子と推定するためには、離婚後6カ月の時間が要る、と考えたのだ。
教授は「再婚禁止期間内に婚姻届が誤って受理されたらどうなるか」と問題点を示した。「生まれた子どもが再婚の200日後、前婚の離婚の300日以内というケースがあり得る。この場合、前婚の夫の子とも再婚後の夫の子とも推定できる。おかしいと思いませんか」と教授は学生に投げかけた。「再婚禁止期間内に再婚した女性がいけない」と答えた男子学生に、一人の女子学生が「なぜ女だけが我慢しなければならないのか」とくってかかった。教授は「憲法は法の下の平等をうたっている。私も再婚禁止期間の規程は憲法の精神に反していると思う」と述べたのだった。
それから半世紀が過ぎた2016年、再婚禁止期間が6カ月から100日に短縮された。だが、女性差別の程度を幾分減縮したに過ぎず、憲法の理念とはほど遠い。

今回の法制審の答申の骨子は①再婚禁止期間の撤廃②離婚後300日以内でも、母親が再婚した後に生まれた子は、再婚後の夫の子と推定③母親、子どもにも嫡出否認の権利を認める--の3点。
それぞれについて検討してみたい。
再婚禁止期間の廃止は、男女平等の精神から余りにも当然のことである。1947年に現憲法が施行されてから75年も放置されてきたことに暗然とする思いである。わが国の男女差別の根深さを如実に示しているといえるだろう。
次いで②の「離婚後300日以内でも再婚後の夫の子と推定」の規程である。
これまでの「離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子と推定」の規定は、離婚した女性の足かせになっていた。生まれた子どもの父親が前の夫でない場合、その戸籍に入るのを避けるため、母親が出生届を出さないケースが少なくなかった。2022年1月現在、825人の無国籍者のうち591人がこうした理由によるものとされている。今回の改正によって、こうした無国籍の子どもがなくなると期待されている。
3点目の生まれた子どもの嫡出否認の権利については、民法は夫にのみ認めている。家父長的家族観に基づき、夫にのみその家の子と認めることができることにしたものだ。親子の血のつながりよりも家の維持を重視した規定といえよう。否認権を母親や子どもにも認める今回の改正によって、ようやく家制度の厚い壁の一端が崩れることになった。

再婚禁止期間については、先述の北欧諸国(デンマーク、フィンランド、ノルウェー、スウェーデン)が1968~69年に廃止したのに続いてスペイン(1981年)、オーストリア(1984年)、ドイツ(1998年)の各国は20世紀末までに撤廃、フランスも2005年に廃止した。隣の韓国も2005年に廃止している。今回の法制審の答申はこうした世界の潮流を受けて行ったもので、わが国が自主的に取り組んだ結果とは言い難い。
とはいえこの法改正によって、男女不平等の解消、無国籍の子どもをなくす、家父長的家制度規程へのメス??といった面で、一定の評価はできるだろう。しかし、なお問題は残る。女性が再婚しないまま離婚後300日以内に子どもを産んだ場合について、何ら考慮されていないのである。再婚していないのだから、新しい夫の子と推定されず、これまで同様、離婚した夫の子と推定されてしまう可能性が依然として残るのだ。
法制審は子の利益を重視したという。ならば なぜ再婚しない母親から生まれた子のことを規定しないのだろう。この疑問を解くカギを探っていて、自民党の憲法改正草案の中の「家族は互いに助け合わなければならない」との規定が引っかかった。この草案の規程は、子どもは婚姻中の両親から生まれるべきだ、との家族主義に基づいていることはいうまでもない。草案のいう家族とは、夫婦と子どもが愛情いっぱいの強い絆に結ばれている集団なのである。しかし、価値観が多様化するなか、離婚後、シングルマザーとして子育てをする女性は珍しくない。草案は実態とは余りにもかけ離れているのだ。
子どもは幸せな夫婦からだけ生まれるのではない。いかなる場合でも、子どもの人権は最大限尊重されねばならない。この観点に立てば、今回の法制審の答申は不十分と言わざるを得ない。