現代時評《大統領選に見るトランプ神話》井上脩身

アメリカ大統領選はバイデン前副大統領が306人の選挙人を獲得、次期大統領になることが決定的となった。232人にとどまったトランプ大統領の敗北は誰の目にも明らかだが、「彼(バイデン氏)は不正があったため勝てた」とツイート(11月17日付毎日新聞)するなど、一貫して選挙の不正を訴え、敗北宣言をしない構えである。トランプ支持者も「選挙を盗むな」と抗議集会を開くなど、トランプ熱はなお冷めやらない。彼らを突き動かしているのは「本当の勝者はトランプ」という神話であろう。バイデン氏が経済政策で行き詰まればトランプ神話の火が燃えあがるのは必至である。トランプ氏はその神話に新たな神話をついで、2024年の大統領選でリベンジを図ろうとするにちがいない。今回の大統領選の真の決着は4年後であろう。

 私は今回の大統領選について、極言すれば19世紀と21世紀の戦いと考えた。バイデンという20世紀の政治家を支点に、19世紀のトランプ氏と21世紀のハリス氏のシーソーゲームと見たのである。

 トランプ氏が19世紀型ということには異論があるだろう。しかし、アメリカファーストというトランプ氏の政策には、19世紀のモンロー主義を歪曲しているように思える。加えて白人優位主義的言動や、西部劇時代の名残の銃の規制に消極的であることなどから、19世紀的政治家と私はみる。

副大統領になることが確定的なハリス氏は、4年後の大統領選で黒人女性としてはじめての候補者になることは確実だ。私は黒人として初めて大統領になったオバマ氏が当選したときから21世紀が始まったと考えている。ハリス氏が大統領になればオバマ氏をさらに進めた初の女性リーダーになる。その意味で、ハリス氏は21世紀が待ち望んでいた政治家といえるだろう。

今回の選挙では、新型コロナウイルスにより、全米で約930万人が感染、約23万人が死亡(11月3日現在)するなか、トランプ大統領のコロナ軽視政策が争点となり、トランプ対ハリスという対立軸は鮮明に浮かびあがらなかった。しかし、BLM(黒人の命も大事)運動が広がるなど、人種差別や人権意識が問いかけられたことはまぎれもない。

選挙の結果、獲得選挙人数は冒頭にあげた通りだが、得票数はバイデン氏7937万票、トランプ氏7352万票。二人の合計を100に換算すると52対48という僅差である。コロナ失政にしてはトランプ氏がほぼ互角の戦いをしたのである。私は愕然とした。黒人の人権を抑え、中南米の人たちが入りこめないようにするならば、23万人が死んでもかまわない、という人が半数もいるということではないか。投票所周辺を銃を手ににらみをきかすトランプ熱狂支持者と、その恐怖から銃を買いにはしる普通の市民をとらえた映像をみると、アメリカという国は西部劇の時代から何も変わってないのでは、とすら思ってしまう。

それにもまして驚くべきは、コロナの発生がなければトランプ氏が当選した可能性があったということだ。コロナ失政をしないで済んだうえ、トランプ氏に不利にはたらいた郵便投票もなかったからだ。トランプ氏が「本当はオレが勝った」というのもそれなりに理由があるのである。事実、選挙中、コロナに感染したトランプ氏が終盤、派手に動き回ったことで、バイデン氏を追い上げたことは確かであろう。トランプ派の目を見張らせ、前回の大統領選での劣勢予想に反しての当選と重なって、神話が生まれたのである。

トランプ神話の本質は人種差別である。20世紀に明白に否定され、オバマ大統領の登場によって表面化しなくなった差別意識の復活なのである。それは、いかなる人種も自由にそして平等に生きていける世界をつくるという21世紀の目標の否定である。

トランプ氏が大統領になったことによって、アメリカは21世紀に背を向けて、自らの殻に閉じ籠った。ようやくその殻を開けることになった。だが、4年後再びトランプ氏が大統領になることになれば、21世紀は先を見通せない混迷の谷底に沈むであろう。

4年後の大統領選は、ハリス対トランプの21世紀のありようを問う世紀の戦いになる、と私は予想する。ハリス氏は絶対に勝たねばならない。