現代時評《学問の自由を奪う菅首相》 井上脩身

~日本学術会問題を考える~

               

 菅義偉氏が首相に就任して1カ月余りがたったばかりというのに、日本学術会議の会員任命を菅首相が拒否したことが大きな政治問題になっている。政府は「推薦された候補をそのまま任命する義務はない」との立場をとっているが、この問題はつまるところ、①首相が任命を拒否することが許されるか②許されるならその範囲はどこまでか――という2点につきる。私は新聞報道などを基に政府答弁を分析した。その結果、6人を任命拒否する正当な根拠は全くなく、日本学術会議法をねじ曲げた違法行為であることがわかった。菅首相は「法律にしたがった」と述べているが、6人を拒否するために、法律をねじまげのたである。憲法は「学問の自由は、これを保障する」(第23条)と規定する。菅首相はこの憲法上の権利を否定し、学問研究を政府の意のままにしようとしているのである。

 日本学術会議は、戦時中、学者が戦争に協力したことの反省から1949年に設立された。「科学者の総意の下に、わが国の平和的復興」を図ることなどが使命である(日本学術会議法前文)。会員の選考は当初、投票によって行われたが、1984年、学術会議による推薦方式に変更。日本学術会議法に「優れた研究、業績がある科学者のうちから会員候補者を選考し、首相に推薦する」と規定された。この変更について1983年、当時の中曽根康弘首相は参院文教委員会で「実態は各学会が推薦権を握っている。政府の(任命)行為は形式的行為」と答弁。担当大臣も「推薦された者をそのまま任命する」と述べていた。

 上記の規定などにより、会員(任期は6年)は首相によって任命、3年ごとに半数が改選されるが、中曽根発言に基づいて歴代政権は被推薦者を任命してきた。

 今年が改選期に当たることから、学術会議は8月31日、会員(210人)の半数の105人の推薦書を首相あてに提出したところ、9月末に学術会議事務局に示された任命者名簿には99人の名前しかなかった。任命されなかったのは、小沢隆一・東京慈恵会医科大教授(憲法学)▽岡田正則・早稲田大教授(行政法学)▽松宮孝明・立命館大教授(刑事法学)▽加藤陽子・東京大教授(日本近代史)▽宇野重規・東京大教授(政治学)▽芦名定道・京都大教授(哲学)の6人。この6人を除く99人が10月1日付で学術会議会員に任命された。

 6人のうち、小沢教授は2015年7月の安全保障法の国会審議で「違憲」の立場で見解を述べ、松宮教授は2017年の、共謀罪を創設する改正法案に関する参院法務委員会の参考人招致で「戦後最悪の治安立法」と発言。岡田教授も、国が被告となった行政訴訟で国に批判的な見解を述べている。こうしたことから、「政権に批判的な学者を排除した」との疑惑がわき上がった。

 問題は推薦イコール任命から、推薦・任命切り離しへと変えることが許されるかである。日本学術会議法は、推薦に基づいて首相が任命する、と定めており、推薦通り任命するのが基本である。安倍政権はこの基本を崩したかったのであろう。 2018年、政府は「任命は拒否できるか」と内閣法務局に尋ねたうえで、「推薦の通りに任命すべき義務があるとまでは言えない」とする見解をまとめた。この文言を素直に読めば、「推薦者のなかに極めて問題のある者については、例外的にその者を拒否できる」ということであろう。

 例外的な者とはどのような人物であろうか。元文科省事務次官の前川喜平氏は「論文捏造が見つかるなど、明らかな不適格性がなければならない」(10月21日付毎日新聞)という。重大な犯罪を秘匿している者、国家を転覆させることや侵略戦争を正当化する研究者なども、「わが国の平和的復興」という理念に反しており不適格といえるだろう。「推薦の通りに任命すべき義務があるとまでは言えない」という見解自体は、文言上、中曽根発言とは必ずしも矛盾しない。

 では、今回の任命拒否は正当な例外といえるだろうか。さらに言うなら、この6人が政権批判をしたとして、それが正当な例外といえるか、であろう。6人のだれ一人民主主義を否定したり、侵略戦争を肯定したり、人権抑圧を正当化した者はいない。もし前川氏が言うように、論文捏造があるならば、首相はそのように説明すればいいが、6人全員がそろって論文捏造するとは考えられない。そもそも、例外的に拒否せざるを得ない人がいたとしても、せいぜい1人か2人だろう。6人もいれば例外とは言えない。

 要するに、6人拒否に正当性は全くないのである。にもかかわらず拒否したのは、政権批判する者を任命しないことを原則とする、との表明と実践とみるしかない。言い換えるならば、任命拒否を原則とするため、例外的な見解を編み出したのである。私はこれを「例外から原則への転換」と呼んでいる。

 例外から原則への転換には二つの論理がある。「~してはならない」という規定があった場合、「いかなる場合もしてはならないとまでは言えない」という二重否定を使うことで肯定へと180度ひっくりかえすケース、もう一つは今回の「~しなければならない」という義務を、「~しなければならないとまでは言えない」と、100%の義務でないことにするケースである。

 この「例外から原則への転換」は、できないことを可能にするために使う官僚の姑息な論理である。はたして今回、杉田和博官房副長官がタッチしていたことが明らかになった。杉田官房副長官は菅首相が官房長官時代、最も信頼していた側近といわれている。前川氏が文科事務次官時代、文化功労者や文化勲章の受章候補者を選ぶ「文化功労者選考分科会」の委員について、2016年に文科省作成の委員候補者名簿を官邸に示したところ、杉田氏から呼び出され、2人の差し替えを求められた。日本学術会議問題に関する野党のヒヤリングで明らかにしたもので、「1人は安保法制反対の学者の会に入り、もう一人はメディアで政権批判をしていた」と前川氏はいう。

 杉田氏は元警察官僚である。杉田官房副長官は学術会議の会員任命について、事前に菅首相に「推薦の通りではない」と告げていたといわれ、6人を外したのが杉田氏である可能性は高い。そ

うであれば明らかに越権行為である。しかし杉田氏を更迭しようとしない菅首相である。今回の日本学術会議問題は手はじめであろう。首相になってまっ先に学問の自由を侵害する政治行為をしたという事実は重大である。菅という人は、思想、表現、信仰の自由という、憲法に保障された国民の権利を制約することを、当然と考える政治家のように思われる。安倍政権時代にも増して息苦しい時代になるのでは、と私は恐れる。