「丹波マンガン記念館物語<1>」
【はじめに】
「ついにその時が来てしまった。アボジ(父)もわかってくれるだろう」
館長の李龍植さん(1960年生まれ)はこう話して唇をかむ。
京都市左京区京北町のやまあいにある丹波マンガン記念館は来年21年になる歴史を閉じようとしている。筆者は記念館閉鎖の報を聞いて取材に赴いた。実は過去に2回、この記念館を訪れたことがあったので、閉館の報には、驚きとともに、やはりという思いもあったことは事実である。本稿では、丹波マンガン鉱の歴史を戦前からひも解き、記念館の生い立ちなど今に至るまでを、数回に分けてレポートする予定だ。(写真:丹波マンガン館入口・片山撮影)