三井三池閉山10年
昨3月30日で三井三池炭坑の閉山から10年が経った。筆者は大牟田市(福岡県)と荒尾市(熊本県)にまたがる閉山後10年の万田坑を尋ねた。
万田坑に残る二坑やぐらは赤茶けた姿をさらしていたが、なお日本の近代化を支えてきた誇りをもって轟然と建っている様に見えた。
万田坑は1897年(明治30年)から構築された第一竪坑と翌年から構築が始まった第二竪坑からなる。大正2年から昭和6年にかけての19年間に930万8340トンを出炭している国内最大手の炭坑と言える。
その輝かしい歴史を飾った陰には、囚人炭坑夫として使い、中国、朝鮮から「強制連行」して働かせたりする暗い過去も併せ持っている。又炭塵爆発で甚大な被害を受けた今なお病床にいる人たちも。
ドキュメンタリー映画「三池 終わらない山の物語」の熊谷博子監督は30日付けの西日本新聞朝刊・文化面で次のように語っている。
「戦前の囚人労働に始まり、与論島からの大量移住させての差別労働、朝鮮人、中国人の強制連行、白人捕虜の強制労働、そして戦後の争議、事故とまさに日本の現代史の縮図だった・・・」
「三池の歴史を消すことは日本の歴史を消すことになる」
これらの言は「何でいまさら」という映画製作中から様々な人たちから問われ続けたという。また地元からも「負の遺産も多い。すべてを忘れて次へ」とも。
炭鉱の歴史は、熊谷監督が言うようにまさに「日本の現代史の縮図」なのである。
石炭の時代は終わった。しかしその歴史の延長線上に我々が立っている。そして未来へ歩こうとしている。過去を忘れてはいけないというのは元ドイツ大統領ワイツゼッカー氏の言葉でもある。
「万田坑・・止まった時間」写真スライドショー 撮影:2007年3月30日
場所 : 万田坑(熊本県荒尾市)
三池集治監塀(福岡県大牟田市)
共同墓地の囚人墓(福岡県大牟田市)⇒名前が無く番号だけの墓標