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サハリン物語(Web版)ヴァーリャの半生

再びヴァーリャの話に戻ろう。

朝鮮人も日本人だったのよ

色々な悲劇が生まれた。

 そんなある日ソ連軍が入ってきた。もう自由には帰れなくなった。日本人も朝鮮人も同じように、この地サハリンに閉じ込められてしまった。

 ソ連軍が入ってきてから、敗戦国民になった日本人にいろいろな悲劇が生まれた。まず、裁判です。それを恐れて逃げ遅れて自決した日本人も多かった。生きている人たちは朝鮮人に訴えられ刑務所送りになった。日本の手先になって同胞を苦しめた朝鮮人も裁判を受けた。皆、刑務所送りとなった。

 ソ連人の指示に従って、普段の生活に戻った。しかし、帰国船の出るコルサコフから一歩も出ずに、帰国の日を待つ人々は数10年もの長い間、そこで海を眺める毎日を送ることになった。
 1953年、サンフランシスコ条約で日本人の殆どが帰れるようになった。そのとき、当然朝鮮人も帰国できると思った。なぜって? 当たり前でしょう。朝鮮人も日本人だったのよ。しかし、日本は「朝鮮人はもう日本人ではない」と言って、自民族だけを帰国させた。
 そのとき、日本人の妻を持った朝鮮人の多くが一緒に帰国した。日本人を装って船に乗り込んだ朝鮮人もいました。運良く無事に日本に渡った人がいる反面、途中でばれて海に突き落とされた人もいたとの話。それは日本人の密告があったからです。

 戦争が終わって、国へ帰れなかった独身の男性の中には日本人を妻にした人もいました。ところが、恋愛などでお互いに気があって一緒になった人もおれば、無理やり娘を奪った人もいたそうです。戦前、朝鮮人に酷い思いをさせた日本人は何をされても抵抗できなかった。日本人のいい訳など通じるはずのない世の中になってしまったの。若い娘を取られたのは朝鮮人にだけではない。「*ロスケ」の兵隊も一緒だっだ。

 やった人と違ってやられた方はいつまでもそのことを覚えている。だから、自分を苦しめた朝鮮人を助ける必要がない。悪いことはした人間はいつか罰を受けるものなのかな。
 しかし、朝鮮人の夫を持つ日本人女性の中では帰らずここに残った人もいた。そして、帰国の際、日本人女性と「ロスケ」との間にできた子どもが捨てられたこともあった。その子を拾って我が子のように育てた朝鮮人もいます。

 戦争とはあってはいけないもの。仕掛けた方もやられた方も両方に悲劇が生まれる。ここサハリンにいると、そのことは身を持って実感できる。

*「ロスケ」:ロシア人への蔑称。サハリン残留朝鮮人たちはこの言葉をよく使う。日本統治時代に覚えて、そのまま(ロスケと発音)使用している。