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連載「サハリン物語」(Web版)ーヴァーリャの半生ー

 ジャーナリスト・ネットに掲載した「サハリン物語(Web版)ヴァーリャの半生」を転載する。

ヴァーリャの半生

 ユジノサハリンスク(旧豊原)に1人の韓人女性が住んでいる。両親は戦前朝鮮半島から来た人で、当時の生活を親たちからこと細かに聞きながら、また実際に経験して育ち、ソ連時代のサハリン韓人の生活、そしてペレストロイカ、ソ連崩壊の激動を潜り抜けてきた彼女の生き様は今のロシア庶民の生活を知る上でも非常に参考になる。彼女の半生を追いながら当時の検証をしてみる。彼女の名前は韓国名「徐 順愛」、通称ヴャーリャ。底抜けに明るい韓人2世である。

私はオオタニ(現ソコル)で生まれた。

 私は辰年。うちは4人家族、3才年上の夫と大学生の息子が2人。あー忘れた。もう一人「家族のようなの」がいる。次男の彼女、オーリャです。ポロナイスク(旧敷香)からここに留学に来ている娘だが、気がついてみたらうちにしっかりと根を下ろしている。見える所にいた方がかえって安心できるからいいのだけど。それに留守勝ちの私の代わりも勤めてくれています。 私は田舎のオオタニ(ユジノサハリンスク郊外の田舎村)で生まれた。夫はサハリン一の港町、コルサコフ(旧大泊)出身。コルサコフはサハリンでは大きな町です。だから何かあると夫は私を「田舎ッペ」呼ばわりする。私は鼻で笑っているけどね。

 私がコルサコフに嫁いで、ここ、ユジノサハリンスクに引っ越してくる4年前までコルサコフで暮していた。子どもの大学入学の際に思い切って移ったのです。
 しかし、自分で言うのもなんだけど、私は偉いと思う。この4年の間、「大社長」になったんだもの。女社長。サハリン州の都、ユジノサハリンスクにある2つのデパートに店を出すほど成功をおさめたもの。今うちでごろごろしている男連中を私が食べさせているのよ。
 夫は今年50才になったばかり。韓国の名前は李・テソン。
 この人も考えてみりゃ、可哀想な人です。サハリンに住んでいる男の殆どがそうだけど、仕事がないの。あのコルバチョフさんのお陰で私は「ニューリッチ」になり、自由も得たけど、その代わりに夫は仕事場を失ったわ。ペレストロイカ以後、旧ソ連邦の国々はどこも一緒。男たちは仕事をなくした。

 夫も昔は優秀な電気技師だった(今もそうだけど)。コルサコフの電気会社で主に電気の配線工事をしていたが、最近は仕事がない。だから社員の給料はもらえない。最後に給料袋を見たのは何時なんだろう、去年の秋頃だったかしら? もう何カ月も見たことがない。こんなことはここ数年、いつものこと。だから、夫の給料は当てにはならない。私が商売をして食べていくしかない。昔と違って、なんでもお金がかかる。子どもを大学に行かせるにもお金がかかる。

 しかし、いい所もある。昔はお金があっても買えなかった物が、今はお金さえあれば何でも手に入れることができる。一切れのパンを買うために何時間も寒い外で並ばなきゃいけなかった時代とは大違い、まるで別世界みたい。(続く)