セコリョ新聞社社長 ベ・ビクトリア
広告募集   サハリンでの取材は 
セコリョ新聞社

歴史
1 1949年6月1日―新聞創刊「朝鮮労働者」新聞(ソ連共産党機関紙)
2.1961年―「レーニンの道へ」と改称(ソ連共産党機関紙)
3.1991年―「セ・コリョ(新高麗)新聞」と改称(サハリン州社会政治新聞)
4.1991年から韓国日報が寄贈した印刷機で発刊している
事業内容
1.セコリョ新聞はロシア国内唯一の韓国語新聞である。サハリンで消えかけてい る韓民族文化の命脈を維持すると共に、次の世代に伝えるための新聞である。
2.サハリン同胞たちの生活や問題を取り上げる新聞
3.離散家族探しへの参加:サハリン韓人は殆どが離散家族である。家族探しは 1988年から始まり今まで続いている。そのような広告は無料で掲載している。
4.サハリン同胞の母国語教育に寄与している。1990年母国語を勉強することが できたのに教科書が無かった。そのため、新聞社社員らによる教科書作りが進められ、2年間それを持って学校や教習所などで韓国語授業が行われた。そのほか、紙面を通じての母国語教育を実施すると共に、韓国日報社の支援により社内で韓国語学校を作って3年間運営したこともある。そして韓民族としての誇りと同胞愛を高め、民族伝統文化を伝え保存するために、韓国統一院支援の下で‘むくげ文化コンクール‘を1993年から7回実施してきた。
5.韓国との文化交流発展に寄与:1990年7月新聞社主催でサハリンでは史上はじめて韓国人気歌手のサハリン慰問公演が開かれた。歌手、音楽家約40人が参加し2日間行なわれた公演に約3万人が駆けつけてきた。遠くハバロフスクとウラジオストクからはチャーター便で駆けつけるなどの大盛況だった。その際、このサハリンにはじめて韓国の国旗があげられた。それを見て大勢の年寄りが涙を汲んだ。
6.北朝鮮の実状を伝える記事を掲載:朝鮮戦争の真実を伝え、北朝鮮の政治経済や生活難等について伝える。

新聞社の財政:新聞社の運営は広告収入でまかなうべきであるが、韓国語教育のまったくできなかったロシアでは新聞を読める人が殆どいない。特に主な購読者であった1世が永住帰国してから購読者は減る一方である。苦しいながらも半世紀の歴史を持つ新聞を無くしてはいけないという使命感で社員一同頑張っている

住所:ロシア サハリン州 ユジノサハリンスク市 コムニスチチェスキ プロス ペット28番地

電話:++7-424-2-42-29-80

タブロイド版8面、週一回金曜日発刊のサハリン州社会政治新聞で記者3人を含め社員7人。

購読者:1世老人と最近韓国語を勉強している若者(サハリン州韓国語教員会によると現在州内には2000人ほどの学生が韓国語を習っている)